碧の国編 エピソード2  碧の国セントラル・⽯の街 ⼆度⽬の遭遇

___碧の国セントラル《石の街》カフェ「プレコ」テラス席


「ギフトのお届けに参りました!今人手が足りてなくて、遅くなり申し訳ありません。頂いたお名刺の魔法すごいですね!行くべき方向に青い矢印が出てきて案内してくれるのでとても助かっちゃいました。本当はお届けは隣街までですけど、たくさん報酬を頂いたので今回はサービスです。はい、こちらお受け取りください。丹精込めて作った籠入りブーケです」

「ありがとう、ブルーベル・ボアロ…お前なんか全て投げ出して幸せになればいいのよ」

「?変わったお礼ですね。この度はどうも…」

「離れろ!ブルーベル」

あの女がいる。大人の姿だ。

「その手を離せ、ヴィラン」

笑っている。余裕の表情で。そして、光り輝く球体を俺にみせた。

「おのれ、お前…!すぐに奪還する」

「また会ったね。探偵くん」

俺はノートに魔力を込めて願うように相棒を召喚する。「頼む!戦力になるのが出てくれオオカミやライオン…とにかく目の前のヴィランを捕まえてやる」黒い線が形を作っていく。「お願いだ!頼むよ、相棒」

黒い何かが羽ばたいた。それは歪すぎて何か分からない。失敗だ。

「あらら、もったいない。自分のこと気がついてないんだ」

あの女がそう言った気がする。それと同時に俺の魔法はあっけなくヴィランの魔法で燃やされた。

「たぶん、また会うね」

いつの間に移動したのかその女は俺の耳元でささやいた。それと同時か俺の後ろにいたリートさんに一撃をかました。

「んな魔法効くかよ」

魔法をガードしたリートさんが腕を大きく振り上げ反撃する、瞬間その女は少女の姿に変身しかわした。

「はっはっは!ブルーベルの《欲》は手に入れた。さらばだ、探偵諸君」

子供っぽく煽り腐った態度が腹立たしい。ポートさせまいと攻撃魔法を放つも後一歩のところでポートされてしまった。言葉にならない憤りが心に走る。

「ブルーベル!」

ブルーベルの元へ駆け寄る。座り込んだままで返事をしない。

「ブルーベル!おい、ケガはないか」

「私、何してるんだろう」

「ブルーベル、俺を見ろ、君は奪われちゃいけない人だ」

「よく分からないけど、なんだか心にぽっかり穴が開いたような気分」

俺は動揺しながら奪われたものの代わりになるように代替術をかけて応急処置をする。時間が経ってない今なら《欲》代替を作って症状を軽減できるはずだ。ヴィランの術が強力すぎなければ…

「俺の《欲》を分ける」

座り込んだブルーベルに術をかけようとしたが、俺の魔法陣を覆うように違う魔法陣が出現し、魔法を阻まれた。

「代替術がすでにかかってるだと」

「…分りました」

ブルーベルが一言喋ったと思うと徐に歩き出した。

「どうした。どこへ行く?」

「?真珠の街だよ」

姿に変わりはないが、なんだか覇気を感じなかった。

「まさか…」

「おい、シャン。そいつ手下にされてねぇか」

リートさんも異変に気がついたようだ。

「解毒を試みます」

解毒の術をブルーベルにかける。また俺の魔法陣を覆うように違う魔法陣が出現し、魔法を阻まれた。

「くそっ。術の解除が仕込まれていて魔法が跳ね返される」

ブルーベルは俺たちを無視して歩き続ける。

「悪りぃな、嬢ちゃん」

リートさんが眠りの魔法でブルーベルを眠らせた。俺はすぐにブルーベルを支える。

「俺が運びます」

「頼んだ。このまま石の街の探偵団事務所に向かおう。この子のことも見てもらわねぇと」

「分かりました」

「あのぅ…私カフェ・ブレコの店主なのですが、女性の方のお知り合いでしょうか。お代をいただきたく…」

「なっ…あのやろう…」

「リートさん、俺が払うのでポケットの財布から出してください」

「悪いな」と言いながらリートさんが俺の財布からカフェ代を店主に払った。

「とりあえず探偵団事務所に行くぞ」

リートさんがエンブレムを手にして専用ポートを展開してくれた。魔法陣の光に包まれ、瞬きの瞬間で石の街の探偵団事務所に着いた。

リートさんが探偵団の人と話をつけてくれている。ブルーベルはまだ眠っている。

「情けない」

ここ数日抱えている憤りと悔しさは増すばかりだ。

「その嬢ちゃんをヒーラーに診てもらおう。手下にされてるなら探偵団で保護したほうが…」

急にブルーベルの目が開き俊敏な動きで構え、両手を広げて魔法陣を展開した。いつものブルーベルの顔つきじゃない。青く輝く光が人型を成し、あのヴィランの少女が現れた。長いチョコレート色の髪にルビー色の瞳、青い大きな石がはめ込まれたリボンを胸元につけている。

「この子はわたしの手下だ。返してもらうぞ探偵諸君!」

「全員構え!ヴィランを確保せよ」

事務所内に警戒の声が響く。

「お前、よくも俺の大事な人たちの《欲》を奪ったな」

俺は冷静さを失っていた。指示を待つことなく相棒を召喚した。黒いフクロウが出現し俺の意志と同時に攻撃を仕掛ける。

「痛っ。ひっかいたな!お前なんか何でもないところで転んでしまえ」

俺はすっ転んだ。

「みーんな何でもないところで転んでしまえ。ベーっだ」

リートさんやその場にいた他の探偵団もみんなすっ転んだ。俺のフクロウはそのまま飛行し攻撃を仕掛ける。

「もう痛いのやめて」

あたりが青い光で包まれたかと思うと、ブルーベルとヴィランの少女は消えていた。詠唱もなく一瞬で二人以上のポートを使いやがった。

「何だあいつ…また逃した。あんなに近くにいたのに…」

「探偵団が大勢いる事務所に呑気に入ってきやがるとは。ただ物じゃない。今追うより作戦を立ててから奪還作戦を決行した方がいい」

「でもブルーベルが」

「ヴィランの手下、つまりスパイ状態なら生死に危機は及ばないだろう」

「しかし、用済みになったら何をされるか」

「それまでにヴィランの弱点を掴み作戦を立てて捕まえる。俺が上層に話をする。お前は家に戻れ」

「嫌です。俺にもできることは…」

「私立探偵のお前にはない。これからは探偵団が…」

「じゃあ俺も探偵団に入ります。成績も実績も十分なはずだ」

「それは、無理だろうな。現にさっきも指示を待つ気もなかっただろう」

「あんな状況で待てるかよ。ていうか、なぜ俺は探偵団に入れないんですか」

「ごちゃごちゃうるせぇ。帰れ。それと、もうヴィランはこの国を出ているかもしれない。あの港にはもういないみたいだ。俺の魔法で調べたが反応がない」

「そんな…」

「場所を特定次第、こちらで対応する。奴はお前が一人で追える相手じゃない」

俺は返事もせず、上で旋回してるフクロウの相棒を腕に乗せて言葉にできない感情を抱えて真珠の街へ帰ることにした。石の街から真珠の街へはバスか電車を使うほどの距離だが、今日は風に当たりながら歩きたい気分だ。二十分くらいなら歩いて帰れなくもない。ブルーベルの両親にどう説明するかも考えたい。

「クロ十五号…俺はダメだな」

「クゥー?」

首を傾げながら召喚したクロ十五号がこちらを見た。

「探偵団に入るには“生まれ”がちゃんとしてなきゃダメだっていうのは知ってる。自分の“生まれ”が不明っていうのがやっぱり引っかかるのか」

深いため息を着いた。

「こんなザマじゃ、ボアロさんたちに合わせる顔も言葉も無い。奴の居場所も分からない」

クロ十五号が腕から急に飛び立ち旋回をし始めた。

「相棒にまで慰められるのか、俺は」

クロ十五号が時計屋にとまりしきりにショーウィンドウを突いている。

「もう店は閉まってるぞ」

「クゥークゥークック」

「そんなにその時計が気に入ったのか」

クロ十五号が反応している時計を見る。〈時の国製・一級品〉とプレートが置かれた見事な置き時計があった。

「時の国…いつか行ってみたいな。一流の探偵学校があるときく。そういえば先日見かけたロイヤルブルーの探偵服の奴はまだエンブレムをつけていなかったから、やっぱり時の国の学生か。さぞ優秀なんだろうな」

チョコレート色の髪に、ルビーの瞳、変身できる…

「っはは。まさかな。あのジャックが『パール・ブルー』を渡したんだ。髪色や瞳の色が同じってだけでヴィラン扱いはひどいよな。第一“生まれ”がヴィランじゃ入学できるわけがないしな」

俺は碧の国の探偵学校を出た。だけど“生まれ”が不明と言われ探偵団に所属できていない。だからセントラルと離れたところに事務所をかまえて私立探偵として人の役に立とうとしている。

「不明でも入学できたから、ヒーロー側なはずなのに」

そもそも試験前に適性が見られ、そこでヒーロー側かヴィラン側か判断される。ヒーロー側と判断されたら晴れて入学試験が受けられる。

「おい、クロ十五号、帰るぞ」

腕を前にあげると、クロ十五号が諦めたように俺の腕に止まってくれた。

「新品のノートがもう無い。それに疲れた」


やっと真珠の街が見えてきた。疲れているからか思ったより時間がかかってしまった。まだ花屋の灯りがついている。当たり前だ。娘がデリバリーに行ったきり帰ってこないんだ。

「夜分にすみません、ボアロさん。シャンです」

ドアが開き、ブルーベルの父親が顔を出す。

「シャン! 娘が、ブルーベルが帰ってこないんだ。何か知らないか?事件にでも巻き込まれたんじゃ」

「申し訳ございません」

俺は深々と頭を下げた。これ以上の言葉が出ない。

「どうしたんだ、娘は、無事…なのか」

「ヴィランに、攫われました」

「そんな…」

「っ、ジョセフさん」

ブルーベルの父親が気が動転してフラフラと倒れ込んでしまった。


ジョセフさんをベッドにかついで横にならせる。

「それで…シャン、娘を助けてくれるか」

ジョセフさんが目を覚まし、一番に俺に言った。

「はい、もちろんです」

「私は店をたたむ。ジーノも部屋にこもりっきりで娘もいなくなってしまったのでは、花たちの世話も他の業務も回らない」

「……」

「シャン、そのヴィランという奴は何が目的なんだ」

「人の《欲》を集めることです。《欲》というのは人の心の核です。《欲》の結晶を取り除くことができる者が我々のように存在しますが、その扱いでヒーローと呼ばれたりヴィランと呼ばれたりします。ヴィランは……」

最悪”生きたい”という《生存欲》を奪って生きることをやめさせるケースもある…なんて言えない。

「人の《欲》は属性によって効力が違います。今回標的になったボアロさんやザンペルラさんは向上心が強い《成長欲》を高くお持ちでした。その結晶は魔力の向上や身体的成長を早めることが可能です。恐らくヴィランの目的は自身の力を高めることでしょう」

「…私たち魔力のない人間にとって君たちは神秘的で怪異的な存在だ。私の理解では及ばないがシャン、君を信じている。無力で情けないが、どうか私たちを助けてくれ」

「もちろんです。我々ヒーローと呼ばれる者たちはヴィランの制圧と人々を守るために存在します」

「そういえば君がくれた魔力が宿ったノートに妻が日記を始めたんだが、少し明るくなったよ。礼を言う」

「とんでもない…… 必ず奪還してきます」

ボアロさんに約束をして、クロ十五号を腕に乗せて再び家路につく。ため息がまた漏れた。

「お前はクロ十四号よりも長く実体化できてるな」

「クゥー」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る