エピソード3 真珠の街、君の花

 昨晩は家に着いた後、吸い込まれるようにベッドで寝てしまったようだ。目覚ましとクロ十五号の鳴き声で起きた。目覚めは悪い。クロ十五号が時計が好きなのかしきりに時計に向かってクゥークゥー鳴いている。

「静かにしてくれぇ」

ベッドの上から片手をかざしていつものようにコーヒーを淹れる。今日も調子は良いようだ。重い体を起こしてあくびをしながらダイニングへ歩いていく。クロ十五号が《時の国・探偵学校》のパンフレットをテーブルまで持ってきた。一時は編入を考えたものの生計を立てるべく私立探偵になった。

「お前そんなに時の国に行きたいのか」

「クッククゥー」

バタバタと羽でアピールしたかと思うと、花瓶からブルーベルの花を足で持ってきてパンフレットの上に置き羽で時の国のシンボルの時計台を指した。

「ブルーベルにもらった花だ…何だよ相棒、勘弁してくれ」

「クッククックー」

クロ十五号がよりいっそうに暴れ始めた。何かを伝えたいようだ。

「ブルーベルにあげたネックレス…お前、俺の魔力に反応してるのか」

「クックゥー!」

俺は一目散に探偵団のエンブレムを掴み、リートさんがいる場所へポートした。一度ポートしたところならエンブレムで記憶される。

「リートさん!ヴィランの居場所がわかりました」

「……」

リートさんと他の探偵団の人たちが会議している。どうやら石の街の探偵団事務所のようだった。

「お前…コーヒー片手にパジャマ姿とは、随分と洒落た格好してるじゃねぇか」

「あっ…」

一緒にポートしてきた相棒がクゥーっと変なタイミングで鳴く。とても恥ずかしい。

「そ、そんなことより、ヴィランの居場所がわかったんです。奴は今、時の国にいます」

「なぜわかる」

「手下にされたブルーベルは俺の友達で、俺の魔力がこもったものをプレゼントして、それに俺の相棒が反応してます」

「ほう…とりあえず着替えてくれ。ゆっくり話をきこう」

「で、出直してきます」

俺はポートで家に戻り、探偵服に着替えて再びリートさんのところにポートした。


「で、ヴィランが時の国にいるって?」

「はい、ブルーベルが身につけているネックレスに宿る魔力の痕跡をリートさんに追って欲しいんです。そうすれば証明できるかと」

「なるほど。お前の魔力だったな」

リートさんがクロ十五号の頭に手を置いて「追跡開始」と一声詠唱すると立体的な景色を空間に映し出した。

「上空にいるだと…」

「あの船、空も飛べるのかよ」

真珠の街でみたあの船が飛行艇の形状をして時の時計台の街上空で風の影響を受けながらも停留しているようだ。

「時の国の連中にもコンタクトを取ったほうが良さそうだ。何も情報がなくてガミガミ言われそうだ」

「リートさん、この事件、俺に追わせてください。元は俺の街で起こったことで、自分のせいでここまで広がってしまって…絶対にこの手で奴を捕まえたいんです」

リートさんとその場にいた探偵団が俺の顔を見て少し沈黙が流れる。

「…わかった。奴の居場所を突き止めたのもお前だしな。いずれにせよ時の国の連中に丸投げってわけにもいかねぇから誰か派遣しなきゃならねぇし。シャン、行ってこい」

「ありがとうございます」

「俺から《時の国》の探偵団には連絡しておく。何かあれば俺に連絡しろよ」

「リートさんって案外いい人だったんですね」

「最初からいい奴だろ」

「…」

「…」

「クゥー」


時の国へは碧の国からフライトで四時間ほどかかる。通常のポートで移動するには難しく国境審査があるので旅客飛行艇に乗って移動する。

「シャン、お前パスポート持ってるのか?」

「はい、あります」

時の国にはいつか行こうと思って密かに作っておいた。

「その前に、リートさん、俺の魔法に必要なので新品のノートを、できれば沢山もらいたいのですが」

「わかった。売店にあるから俺が奢ってやる。今までの礼だ」

「助かります」

「十冊くらいでいいか?」

「百冊ほど」

「…」

「…」


クロ十五号をやっとノートに収容できた。ノート百冊と荷物を持って旅客飛行艇に乗るため《スカイ&ベイポート》にやってきた。

「危うくクロ十五号の分のチケットも買わなきゃいけないところだった」

飛行艇の駅は空の便と海の便で分かれている。海陸両用の飛行艇は今や珍しくない。〈一般〉〈魔法士〉〈専門技師〉〈特殊魔道具保持者〉と検査ゲートがいくつかに分かれている。探偵団は事前に申請して専用ゲートから乗船する。「捜査」って感じだ。チェックインカウンタ―で案内された番号のゲートへ向かうと《空陸ポート所属探偵団》通称・国際探偵団の人たちが迎えてくれた。

「イエッサー、シャン・クルー。待っていたよ」

「イエッサー、石の街探偵団より命を受け参りました」

国際探偵団の紺色の制服を着た青髪のメガネをかけた男が挨拶をした。

「私は空陸ポート所属探偵団エリアLリーダーのマーカス・アボット。今回の捜査への協力に感謝します」

「恐れ入ります。ヴィラン逮捕に全力を尽くす所存です」

「心強いです。私たち国際探偵も常に目を光らせています故、引き続き協力を頼みます。ところで、海外への出張捜査は初めてですか」

「はい、初めてです。恥ずかしながら少しばかり緊張しています」

「まぁ今はそう気を張らずに。今回は時の時計台の街の探偵団と協力をして捜査をしてもらいます。シャンさんは碧の真珠の街の私立探偵ですので、我々国際探偵団がコーディネーターとして仲介します」

「助かります」

会話している間に荷物は検査代へと乗せられチェックされていく。

「ずいぶんとノートをお持ちで。あなたの魔法のためですね」

「えぇ、買っても買っても足りないので少々困りものです」

「イエッサー、リーダー・マーカス。と…」

オレンジの髪に青い瞳の女の探偵団員が元気に敬礼し俺に目をやる。

「シャン・クルーです」

「あぁ、あなたが!」

館内に響く明るく元気な声で彼女は続けた。

「イエッサー、シャン・クルー。空陸ポート所属探偵団エリアL団員、アメリア・デイビーズです」

「イエッサー、アメリア・デイビーズ」

「私アメリア、今回のコーディネータ役として我がリーダー、マーカスと共に勤めて参ります!よろしくお願いします!」

「こちらこそ、ご助力に感謝します」

「やぁ、アメリア。思ったより早く合流できましたね」

「はい!チャチャッとヴィランを逮捕して参りましたぁ!」

アメリアが指差すほうを見ると、窓越しに魔導式手錠をかけられている少年が他の探偵団に囲まれて輸送車に乗せられている。

「彼女、おっちょこちょいな所はありますが、勘がとても良いんです」

マーカスさんがニコッと笑って得意気に言う。

「さすが国際探偵団!俺も精進します」

荷物の検査が終わり台から回収する。

「では、早速行きましょうか」

マーカスさんが歩く方へついて行く。いよいよ旅客飛行艇に乗る。


飛行艇には特殊な魔導結界が貼られていて、飛行中も外に出て景色を楽しめるようになっている。しかも風も感じられる。鳥や飛行する生物と一定の距離を保ち事故を防ぐよう、動物からは飛行艇が警戒色に見えるようになっているらしい。魔法と技術で高度で不思議な文明が発達している。船内は客船そのもので、飛行艇の規模にもよるがレストランやお土産屋、客室、シアタールームなどがあり、乗客は飛行中でもじっと座ってなくても平気だ。

「す、すごい」                    

初めての旅客飛行艇に感動して思わず声が出てしまった。後で土産屋をのぞいてみよう。

マーカスさんとアメリアさんと船内のレストランで食事をすることになった。

「はぁー。私、一仕事してお腹空いてたんです。シャンさんも昨日今日でちゃんと休めてないんじゃないですか。移動中くらいは一息ついて下さいね」

アメリアさんが嬉しそうにメニューを見ながら言う。

「ありがとうございます。そうします」

「私は時計台の国の探偵団とシャンさんを引き合わせたのち戻りますが、アメリアはあなたと引き続き現地で捜査することになっています」

マーカスさんが紅茶を飲みながら優雅に教えてくれた。

「相棒ってやつですね!改めてよろしくお願いしますね、シャンさん」

「あ…相棒…急で、なんだか照れますね」

「ハハハ、我々探偵団は事件によって色んな方々と相棒を組むので面白い仕事です。アメリア、あまりハメを外さないようにして下さいね」

和やかな昼食に久しぶりに癒された。


食事を終え、「せっかくなので外見ましょう」というアメリアさんの提案で展望デッキへ向った。あまりに感動してきっと俺の瞳は輝いていたと思う。一面の海に雲がかかっている。よくあるおとぎ話の空飛ぶ海賊船かのように船が飛んでいる。風も感じるのがまた良い。それなりに高度が高いはずなのに息は苦しくないし圧迫感も感じない。本当に魔法と技術は素晴らしいと心から思った。

「何回乗ってもやっぱり良いですねー」

「アメリア、いくら結界があるからってそんなに身を乗り出したら危ないですよ」

マーカスさんとアメリアさんも楽しそうだ。人生初めての景色にずっと気持ちは浮かれたままだ。

展望デッキを堪能した後、土産屋に寄ったりしてそれぞれ自由に時間を過ごしていた。船内に〈まもなく、旅客飛行艇007便は時の国スカイ&ベイポートに到着します〉とアナウンスがされる。席について待機したりは特に必要ないが、往復便のため乗り過ごしには注意しないといけない。目的地が近づいてくると現実味が一気に増してくる。ギリギリまで展望デッキから碧のヴィランの飛行艇が見えないか目を凝らしていたが、確認することはできなかった。


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