碧の国編 エピソード1 碧の国セントラル・石の街からの応援
悔しさを抱えて俺は事務所に戻った。
「探偵データにアクセス」
探偵団エンブレムに手を当てた。エンブレムからホログラムディスプレイが表示され、手のマークが表示された。シャンが手袋を脱ぎ、手を当てると認証が始まり、瞳や顔もスキャンした。
〈認証クリア。アクセスしたいデータのキーを入力せよ〉と表示され、今日ジャックの本屋で買った『パール・ブルー』を片手にアクセスキーを入力してヴィラン登録データを展開した。
『パール・ブルー』はただの本じゃない。一見、とある人魚の初々しい物語だが、解読すると探偵団データの《キー》を知ることができる。店頭に並ぶはずがない。“合言葉で尋ねた”者だけが買える本だ。仕入れる本屋は“知っている”者だけだ。暗号書の仕入れがあった時の合図は様々あるが、ジャックは仕入れた時はゴールドの真珠で教えてくれる。
「ロイヤルブルーの探偵くんが少々気がかりだが、ジャックが本を渡したんだ。大丈夫だろう。検索には複雑キーと承認が必要で面倒だし、応援に来た探偵にでも聞いてみよう」
独り言を言いながらデータを確認する。
「変身する、子供と大人の姿、青いドレス、女、ロングヘアー、食いしん坊……」
思いつく限り特徴を入力する。
〈完全一致データなし。関連性のあるヴィランデータを展開〉
数名の候補が出たが、そこに俺が確認した姿の奴はいなかった。
「まだ逮捕歴がなく、探偵団に存在が確認されていないヴィランか。厄介だな」
応援要請のキーにアクセスする。
〈真珠の街、シャンより、石の街の探偵団に応援要請〉
用件を入力したら記憶情報を転送する。専用魔法陣がホログラムに展開され、その中心に手をかざす。魔法陣が複雑にレイヤーを描きぐるぐる回り出すと、シンプルな円になり軽快な効果音と共に〈Complete!〉と表示され記憶データの転送が完了した。
「探偵データの使用終了」
俺の声に反応してホログラムは消えた。モヤモヤした感情を抱えながらシャワーを浴びて、寝付けないが寝ることにした。
______次の日、朝目覚めても気分は晴れないままだ。ぼーっとして何もやる気が出ない。欠伸をしながら片手をかざし、魔法でコーヒーの準備をする。昨日と違って調子が良い気がする。調子が悪いと失敗するので、毎朝確かめている。昨日は失敗したので魔法は使わずにドリップコーヒーを淹れていたが、今日は順調だ。
「あのヴィラン、身長や服、骨格まで変えられる変身を一瞬で出来る。そんな上級な力を持っているのに、なぜ俺に反撃しなかったんだ?船も一瞬で消せるなんて。一体どこに行きやがった」
美味いはずのコーヒーの味はしなかった。エンブレムからアラーム音が鳴った。探偵団からの通知だ。
〈リート・アイアスが向かう。午前八時にポート予定〉
未確認ヴィランの可能性があるからか、思ったより早く対応してくれたようだ。
「気が合う奴だと有難いな」
朝の支度を終えて探偵服に着替える。自分がいる場所にポート(テレポート)されるので、街の広場まで出たい。家に来られるのは御免だ。時刻は朝七時半。
「そろそろ出よう」
今日はよく欠伸が出る。昨夜の眠りが浅かったせいだろう。
「ブルーベルは大丈夫だろうか。花屋の前を通って行こう」
まだ何もしてやれてない不甲斐なさが押し寄せる。
「シャン!おはよう。いつもより早いのね」
「ちょっと野暮用でね。あれから変わりはない?」
「うん。お母さんは今日もお店はやらないって。毎朝のお花の水やり、誰よりも楽しみにしてたはずなのに」
店の前には大事に育てられている花や植木で育つタイプの植物が置いてある。単に並べられているのではなく、活ける容器や鉢も華やかで洗練されている。そこに差し込む朝日も花たちをより輝しく魅せていた。
「必ず解決してみせるから」
「うん、シャンなら解決してくれるって信じてる」
「これ、ジーノさんに渡してもらえるかな」
「ノート?」
「あぁ。少しでも元気でいてくれるように助けになれるはずだから。それからこれを君に」
祝福を込めた真珠のネックレスを渡す。
「君もヴィランに狙われるかもしれない。俺がいない時でも守ってあげられるように身につけていて欲しい」
「わかった!シャン、ありがとう!」
ブルーベルは早速ネックレスを身につけて笑顔を俺に向けた。ブロンドの髪がそよ風に揺れ、潤んだスミレ色の瞳に、少し照れてしまった。
「じゃあ、そろそろ行くよ。何かあったらいつでも伝えてほしい」
「うん、そうする。行ってらっしゃい」
ブルーベルの笑顔を見て少し安心しながら広場へ向かう。朝の澄んだ空気に束の間の心地良さを感じながら噴水のある広場についた。
「そろそろだな」
エンブレムがポートの開始を知らせる。地面に魔法陣が展開され、光が人型のシルエットを作ると、ガタイの良くブルネット の髪と瞳の男が現れた。
「……」
「……」
ポートの場面は滅多にないのもあって気まずい。
「この度は応援に感謝します。シャン・クルーです」
「……リート・アイアスだ」
「立ち話もなんですし、喫茶店にでも。奢ります」
「いや、いい。朝食は済ませてある。さっさと事務所へ行かせてくれないか」
「あぁ、あの……俺がまだ食べてなくて、申し訳ないですが朝食に付き合ってくれませんか」
家に来られるのは御免だ、と思って広場まで出てきたが、考えればそのまま事務所でも良かったかもしれない。我ながら不要な外出をしたと思いながら、本音に気がついて少し動揺してしまった。
___ブルーベルの顔が見たかった。
「……わかった。コーヒーは苦手なんで飲み物選べるところにしてくれ」
「あぁ、はい、では、行きましょう」
朝から調子が狂う。顔が熱いのが分かって恥ずかしい。
少々気まずい沈黙の中を肩を並べて歩いて喫茶店「アポロン」に着く。海が見えるテラス席が自慢の店だ。何もない日なら迷わずテラス席だが、今日は調査と打ち合わせを兼ねている。室内の席にしてもらい、ブレンドコーヒー、ココア、クロワッサンをオーダーした。
「コーヒーって何がそんなに美味しいんだ?」
リートがぶっきら棒に俺に尋ねる。
「いや、美味しいですよ。実は今朝出る前にも飲んでるんですが、また飲みたくなってしまって」
「苦いだけだろ」
「まぁ、苦手な人にはそうかもしれないですね」
気が合わない奴だなと思いつつ、ヴィランの話を切り出す。
「改めて、応援に感謝します。この街に出たヴィランのことですが、まだ探偵団データにも乗ってない者のようです。お送りした内容についてリートさんが思い当たる人物はいますか?」
「いや、今探偵団が追っているヴィランとは違う特徴だ。子供の姿をしたヴィランも珍しい。悪いがゼロからの調査になりそうだ」
「心得ます。そのヴィランですが、魔法をかけられた船を所有していてポートをする手段があるようでした。もしかしたらもうこの街にはいないかもしれません」
「移動して狩りをする奴か。気が遠くなりそうだ」
「俺もどうしたらいいか途方に暮れているところです」
「…」
「…」
なんとも気難しい空気が漂う。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーとココア、当店自慢のクロワッサンでございます」
絶妙なタイミングでオーダーしたものが運ばれてきた。少し救われた気分だ。
「シャン、お前に朝食を共にする友達がいるとはな」
「い、いえ、仕事仲間です。いつもありがとう、フランクさん」
マスターのフランクはいつも少々余計なことを言う。救われたのも束の間だった。
「お前、友達いないのか」
「い、いえ!いますよ。たぶん」
調子が狂ってわけのわからないことを口走ってしまう。
「話を戻します。まずどのように調査しましょうか」
「まずはマップを作ろう」
リートがおもむろに木製のテーブルに指を滑らせる。なぞった跡に光が灯りまるで絵を描いているようだ。
「ヴィランの経路はまず港から、その近くにいた画家、その次に花屋、そこでいったんアジトである船に戻り、日が暮れた頃に食事をとりにレストランへ。そこでお前が取り逃すっと」
「ご丁寧に説明どうも」
事実ではあるが余計な一言に少しイラつく。リートさんとはあまり気が合わなそうだ。
「で、味とは船らしいと。その船は姿を消して今は行方知らず」
「ただの目眩しではなく、存在そのものが消えていました。その、石を投げてみたのですが物体に当たる様子もなく海に落ちていきましたので」
「なるほどな。変身するしポートも可能、物体も消せる。魔力はそれなりにありそうだ。弱点は掴めてるか?」
「いえ、まだ何も」
「…」
「…」
「お二人さん果実のシロップ煮も良ければ…あっ!テーブルに何を描いて…困りますよ!」
「悪りぃな。すぐしまう」
リートさんが「セーブ」と言うとテーブルに描いたマップがデータ化されたように浮き上がり、手の中に収納された。
「あぁ良かった。魔法が使える方たちにはいつもびっくりさせられますよ。果実のシロップ煮サービスしますけどいかがですか?」
「ありがとう、フランクさん。いただきます」
フランクさんはホッとした様子でスモモ、ナシ、ブドウ、サクランボが入ったシロップ煮を振舞ってくれた。これがとてつもなく甘いお菓子だが、コーヒーとも合うし、冷たい水と一緒に食べても美味しいから嫌いじゃない。
「リートさん甘いのは大丈夫ですか」
「ココア飲んでる奴に訊くことかよ」
「あはは…美味しいのでどうぞ」
うまくやっていけるだろうか。少々不安だがあの探偵団の者だ。信用しよう。
「船があった場所まで案内してくれ。何か痕跡が残ってるかもしれない」
「わかりました」
朝食を済ませてフランクさんに礼を言い、港へ向かう。
「ここです」
昨晩ヴィラン を逃した場所に着いた。悔しさがこみ上げる。
「おい、お前、探偵は何年やってる?」
「?えっと一年とちょっとです」
「なら仕方ないか。節穴野郎。まだここにいるぜ」
「?!」
「本当に女の子一人か?」
「確かに見たのは女の子で、その子が大人に変身してました。ここにいるって、どういうことですか?!」
「ヴィランや俺たちは人になるとは限らないだろ?」
「?!」
「その線も考えて動いたほうがよさそうだ。そして今はその女の子はお出かけしてるみたいだぞ」
「なんでそんなことがわかるんですか」
「見えてねぇのな。俺は痕跡が見える。さっきのマップもただ描いてたわけじゃねぇ」
手を開くとマップが立体的になって展開される。マス目模様のようなものに空間が覆われ、目の前の船の形をあらわにする。
「ほぅら。ここにある」
「そんな…じゃあ、なぜ石がすり抜けたんだ」
「ここにあるが、ここにないって感じだな。どっちの魔力だこれは。今はいずれにせよ触れない。痕跡は過去だ。女の子は街に向かった後がある」
「街って…後を追わないと」
「もう追ってる。石の街にいる」
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