【第一部】第三十六章 稲姫の“主様”

――神楽の家――



「ふん♪ ふん♪ ふ~ん♪」

 

 神楽カグラの家に帰り、夕飯の準備をしている折り――


「あら? 稲姫イナヒメちゃん、いいことでもあったの?」

 ハルが、ご機嫌な様子の稲姫に声をける。


 稲姫は腰に手を当てながら――


「わっちも神楽と『えにしを結んだ』でありんす! これで、琥珀コハクちゃんとも同じでありんすよ!」


 そう言うと、ドヤ顔を決める。


「あらあら……神楽、大丈夫だったの?」


 料理皿を運んでいる神楽に春が心配そうに聞く。


「ああ。特に問題ないよ。むしろ、すごく相性がいいって、団長や神主さんから誉められたくらいだよ」


 神楽が頬をかきながらも、そう答えた。


 儀式中、二人の入った輪の外に灰色の粉がまかれたが、これは、儀式の成否を見極めるためのものだった。


 縁結びが問題なく成れば、灰色の粉は輝きを放つ。その色合いは当事者によって様々であり、神楽と稲姫の場合は、黄金こがね色だった。


 その輝きが常の儀式よりも見事なものであり、「これ程のものは見たことがない」と称賛されたという訳だ。


「ちょっと悔しいけど、うちとの時よりも見事だったにゃ。……でも! 今やれば、きっとうちだって負けないはずにゃ!」


 テーブルをいていた琥珀が話に入ってきた。やっぱり悔しかったのだろう。いつもは明るく笑うのに、今は口をとがらせている。


「お兄ちゃんも罪深いね……」


 鍋で調理中のカエデがため息をついた。



「いただきます!」


 皆で夕飯をとり始める。


「で、稲姫ちゃんにきちんと里の案内はしてあげたの?」


 春が神楽に話を振る。


「ああ。――学び舎、商店街、自警団本部、神盟旅団本部……主要施設は周ったよ」


 神楽がなんとはなしに答えるが――


「お兄ちゃん、色気無さすぎ……。綺麗な風景の場所とか、おいしい食事処とか、もっと色々あるでしょうに」


 楓があきれたように苦言をも、らす。


「し、仕方無いだろ? 流れで“縁結び”をすることになって、他の場所には行けなかったんだよ」


「でも、ご主人らしいにゃ」


 たははと琥珀が笑う。すると――


「なんで琥珀ちゃんは神楽のことをと呼ぶでありんすか?」


 稲姫が、なんとなく気になってたいという感じで琥珀に聞いた。


「うちにとっての特別な人だから……かにゃあ」


 頬を赤く染めながら「照れるにゃ」とこぼし、話を切り上げてしまった。見ると、神楽も赤くなっている。


 稲姫は「むぅ~っ!」とうなり、


「じゃあ、わっちは今から、神楽を“主様ぬしさま”と呼ぶでありんす!」


 思わず神楽がお茶をふく。稲姫としては、琥珀と同じ呼び方は何となく嫌だけど、という意味で、呼び名は変えたかったのだ。


「神楽、お行儀が悪いですよ?」

「お兄ちゃん汚い!」


 春と楓からたしなめられるが、神楽は――


「ちょ、ちょっと稲姫? 別に呼び方は変えなくていいよ! それになんか、こそばゆいよ……」


 神楽はそう言うと、赤くなり頬をかく。


 稲姫はそんな神楽の態度に気をよくし――


「嫌でありんす! これからは、神楽がわっちの主様でありんす!♪」


 主様呼びすることを譲らなかった。


「稲姫ちゃんも中々やるにゃあ……」

「ふふん♪」


 琥珀と稲姫が視線で火花を散らしていた。



――そうして、神楽は稲姫のになった。


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