【第一部】第三十四章 村里案内

――“御使いの一族”の村里・神楽の家――



「おはよう」

「おはようにゃ」

「おはようでありんす」


 翌朝、神楽カグラ琥珀コハク稲姫いなひめは同じ床から目を覚ますと、眠い目をこすりながら神楽の母であるハルや妹のカエデが待つ食卓しょくたくへとやってきた。


「おはよう」

「おはよう。ゆ、ゆうべはよく寝られたかしら?」


 楓と春もあいさつを返す。春は、昨晩、神楽と琥珀、稲姫が三人で寝たのがやはり気になるようだ。楓はどことなく、ムスっとしている。


「うん。ぐっすりにゃ♪」

「気持ちよかったでありんす!」


 二人の元気のよい返事に――


「き、気持ちいい!?」


 春は動揺してしまう。 


「“ふかふかのお布団ふとんが”ってことだからな?」


 一応、神楽がくぎをさしてくる。


「そ、そう。――お布団が小さかったら言ってね?」


 やはり春は誤解しているようだが、もうみんな気にせずスルーした。



「いただきます!」


 みなで朝食を取り始める。


「お魚にゃあ♪」


 琥珀の好物である魚料理があり、朝からハイテンションだ。稲姫も嬉しそうに食べている。


「神楽、今日は何か予定あるの?」

「ん~、特に無いなぁ」


 春の問いに、神楽が答える。長老からお呼びがかかるのを待ってはいるが、今日はこれといって予定はない。


「じゃあ、稲姫ちゃんを里の中、案内してあげたら?」


 春の提案に稲姫の狐耳がピンッと立つ。


「行きたいでありんす!」


 しっぽをフリフリ、稲姫はご機嫌だ。昨日は元気が無かったけど、一緒に食事を取って寝たら、少し緊張が取れたのかもしれないな。


「うちも行くにゃ!」

「そうか、じゃあ琥珀も一緒に行こうか」

 


 神楽と琥珀で稲姫に里を案内することにした。



「――って言っても、昨日行ったとこもあるから、そんなには残ってないけどな」


 そう言って神楽は、昨日は通らなかったルートで案内を始める。


「ここは学び。村の子供達が休みの日以外、毎日通ってる。大人の先生から読み書きとか算数を教わったり、簡単な稽古けいこをつけてもらってるんだ」

 

 里の中心近くにある、大きな建屋を案内する。と言っても、邪魔じゃまにならないように、外をグルリと周りながらだけど。


「小さい子がたくさんいるでありんす!」

「みんなで一緒に教えてもらうんだよ。集団行動のルールを学ぶためにもな」

「みんな可愛いにゃあ♪」



「次は商店街。物が要り用の時は、ここで買ってそろえるんだ」

「たくさんのお店があるでありんす!」

「おいしいお魚もここで買えるにゃ♪」


 たくさんの出店が並ぶ区域を案内する。まだ早朝だが、店には活気があり、それ程多くはないが、人でにぎわっていた。



「ここは自警団じけいだん本部。村里内で悪さをする人がいたら取り締まったり、外からの危険を排除することを仕事にしてる人達がここにいるんだ」


 学び舎よりも大きな施設だった。大人達が大勢いるのが遠目にもわかる。


「神楽や琥珀もそうなんでありんすか?」


 気になったので稲姫は聞いてみた。


「俺と琥珀は、“各地にいる神様達に会いに行ったりして仲良くなる”のが仕事、かな?」

「そうにゃ。そっちにも行ってみるにゃ」

 

 琥珀の提案に神楽がうなずき、三人は次の場所に向かった。



 村里の北にある小高い丘の上にある大きな屋敷に着く。そこは村里の中でも一番大きな屋敷だった。昨日の長老宅よりも大きいだろう。


「ここが俺達の所属する“神盟旅団しんめいりょだん”の本部だよ」

「うちは所属というよりも、ご主人と“えにし”を結んだ、言わばパートナーみたいなものだけどにゃ」


 神楽と琥珀が稲姫にそう教える。稲姫は昨夜からずっと気になっていたことを聞く。


「“えにしを結ぶ”ってなんでありんすか? 琥珀ちゃんはしてるみたいでありんすが」

 

 神楽と琥珀が顔を見合わせる。そして、神楽がどこかれくさそうにほおをかきながら稲姫に告げた。


「簡単に言うと、『ずっとお互いに仲良くいよう』って約束した関係って言うのかな……」

「照れるにゃ……♪」


 神楽と琥珀がほおを赤くしながら、どこか気恥ずかしそうに言う。


 それを聞いた稲姫はというと――



「琥珀ちゃんだけずるいでありんす! わっちとも『えにしを結ぶ』でありんすよ!!」


 それは猛抗議もうこうぎだった。――テコでも動かなそうだ。


「琥珀だけじゃないんだけど……まぁ、今はそれはいいか。――でもな、稲姫。“縁を結ぶ”には、大事な約束をわさなくちゃいけないんだ」


 そこで神楽は一度言葉を区切り、稲姫がきちんと理解できる様にかみ砕いて説明する。


「『あなたとずっと共にあり、決して裏切りません』っていうような約束を。それは、神様の側にとっても大事な約束で、後になってやぶったりとかはできないんだよ」

 

 神楽はそう言って稲姫に優しくさとす。


「約束できるでありんすよ? 神楽はできないでありんすか?」


 稲姫がどこか怒った風に神楽を問い詰める。


まいったな。簡単に決めちゃっていいことでも無いんだけど……」


 神楽がほおをかいていると、背後から声がかかった。



「はっはっは! 神楽、お前の負けだ。その方と縁を結んではどうだ?」


「だ、団長! いつからそこに!?」


 気付いた神楽が敬礼する。稲姫はよくわからず、置いてきぼりだ。団長も神楽に敬礼を返し――


「お前たちが来てからずっとな。新しい神様が気になってな」


 そう言うと、団長は稲姫を見る。


「先程この神楽から説明がありました通り、一度“縁を結ぶ”と、例え神様と言えど、約束を破ることはできません。最悪の場合、死んでしまうこともあります」

 

 団長は神楽が言いにくくて伝えられずにいたことにも言及し――


「それでも、この神楽と縁を結んで下さいますかな?」


 まっすぐ稲姫の目を見て問いかける。稲姫は――


「わっちが神楽を裏切るなんてないでありんすよ」


 何が問題なのかわからないというように首をかしげて返す。


「はっはっは! 神楽、お前も稲姫殿を裏切る気など毛頭もうとう無いのだろう?」

「あ、当たり前です!」


 神楽も当然だと返す。


「ならば、“縁を結ぶ”といい。俺も立ち会わせてもらおう!」



――団長は神楽と稲姫、琥珀を連れ、とある場所に向けて歩き出した。


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