【第一部】第二十九章 稲姫の記憶 後編【3】カグラとの再会

 キヌがいる。暗い空間で、離れた場所からわっちを見て、微笑ほほえんでいる。


「キヌ!」


 声をかけ、キヌに向かって走り出す。でも、距離は全然縮まらない。キヌは困った様に眉を八の字に下げ、ただ優しく微笑んでいる。わっちに向けて何事かを言うと、背を向けて歩き出した。


「待って! 何を言ったでありんすか! ――待って!」


 追いかけても、むしろ距離は開く。差し出す手がむなしく空をつかんだ。



「キヌ!!」


 そうさけぶと同時、視界に色が戻る。差し出した手はちゅうに向けられていた。目の前には天井がえる。


「はぁっ……はぁっ……」


 息を切らしながらも、身体を起こした。


「あ……」


 部屋の入口から声が聞こえた。


 カグラだった。3年前よりもだいぶ身長が伸びているが、それがカグラだとすぐにわかった。


 カグラは、水をはった洗面容器にタオルをひたらせてこちらに運んでいるところだった。わっちが起きたのに気付くと、急いでこちらに歩み寄ってくる。


「よかった……3日も目を覚まさないから心配したよ」


 カグラは、わっちのオデコに手を当てて熱を測る。急に視界がにじむ。


「カ、カグラァ」


 カグラの胸元にしがみつき、嗚咽おえつらす。カグラは少し迷った後、わっちの背に手をまわして優しくさすってくれた。そうしてしばらくの間、カグラの胸を借りてひたすらに泣いた。



 しばらく泣き、「ありがとう」とお礼を言い、カグラの胸から離れる。布団の上で、カグラと隣同士に座る。


「ここは?」


 見たことの無い部屋だ。


「今の俺の家だよ」


 カグラが言う。わっちは、目をパチパチとしばたたかせる。


「首飾りの石が急にまばゆく光ったんだ。そしたら、目の前に大きな光が現れて、そこから稲姫が出てきたんだよ。――そしたら、石は砕けちゃったんだけどね」


 カグラは胸元の首飾りを手に持って見せる。石のあった場所には何もついていなかった。自分の首飾りも見てみると、同じように石がなくなっていた。


「一体、何があったんだ?」


 カグラの問いに、言葉を選びながらも、あったことを語り出す。



「襲ってきたやつらが『神の力を集めてる』……? 確かにキヌさんはそう言ったのか?」

「間違いないでありんす」


 カグラがアゴに手をあてて、考え込んでいる。わっちはキヌのことを思い出し、また怒りがぶり返してきていた。


「キヌと山道を逃げてて、あと少しで逃げられるってところで、が出てきて」

「あいつ?」


 奇怪な仮面をつけ、マントを羽織はおった怪しい少年のことを話す。


 わっちの<幻惑魔法>が効かず、わっちの盾になりに割って入ったキヌが少年に斬り捨てられ、自分も餌食になりそうな時。急に石が輝き、意識を失ったのだと。


「あいつが……あいつがキヌを!」


 無意識に力を込めたにぎりこぶしを、カグラが優しく手で覆う。


「キヌさんのかたきを取ろう。それに、『神の力を集めている』なんて不遜ふそんやからを、野放しにはしておけない」


 カグラは凛々りりしくそう言って立ち上がり、わっちに手を差し出した。


「行こう。まずは、長老達にこのことを伝えよう」


 わっちはカグラの手を取り、立ち上がる。



――謎めいた仮面の少年の力を不気味に感じながらも、カグラとならきっとやり遂げられると信じて。

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