【第一部】第二十八章 稲姫の記憶 後編【二】惨劇、そして逃亡
「稲姫様、ご飯ができましたよ」
「ありがとうでありんす」
カグラが去って、三年が過ぎた。あれからもこの神社で暮らし、カグラが再び会いに来るのを待っている。
カグラからもらった薄青い輝きを放つ石の首飾りは、宝物としていつも肌身離さず身に着けている。これがあると温かい気持ちになれ、不思議と寂しくはない。
キヌや村人達とも前と同じようにうまくやっている。いや、あの時よりも距離感は縮まっている。これも、村人と仲良くなるきっかけを与えてくれたカグラのおかげだ。
わっちの妖力も増し、昔は一本だった尾の数も、今では三本になっている。次にカグラと会った時、きっと驚いてくれるだろう。その時が楽しみだ。
そう、この時までは、ただただ幸せな日々を送っていた。
――まさか、あの様な悲劇に会うとは思いもよらずに。
◆
ある晩、ふと外の騒がしさに気づき目を覚ますと、本殿の外に出る。夜なのに外が明るい。人の怒号と喧騒が遠くから聞こえてくる。どうやら村のある方角だ。
気になって
――村が燃えていた。
距離があるため、人が豆粒のように小さく見える。だが、村人達が何らかの集団に襲われているのはすぐにわかった。
村の女子供は逃げ惑い、男は農具を持って盾になる。だが、その集団は容赦なく村人を斬り捨て、魔法で撃ち倒し、また次の獲物を探しに行く。
「
夜盗なのだろうか、正体はわからない。だけど、自分が助けに行かなくてはという使命感に駆られた。意を決して神社を出て向かおうとするが――
「稲姫様」
「キヌ!」
血まみれで腕を抑えながら、参道をこちらにふらふらと歩いてくる。駆け寄って抱き支える。
急いで治癒魔法をキヌにかけると見る間に傷は塞がり、キヌは一息ついて言う。
「あの者達の狙いはあなたです。急いでお逃げください」
「な――」
襲われる覚えがない。この神社にひっそりと暮らすわっちには、あのような怪しいもの達との接点などまるで思いつかなかった。
「あの者達は、“神の力を集めています”。あなたの存在を知って襲撃してきたのです」
キヌの目は真剣だった。決して
「すぐにお逃げください。
「でも、村人達が――」
キヌは悲し気に顔を伏せ、そして顔を上げると、
「私達のことを想って下さるなら、今はお逃げください。そして生き延びてください。それが私達、村の総意です」
ここに来る前、村人達が盾になって自分を先に行かせたのだとキヌは言う。自分達が死ぬだろうことを理解していながら、「稲姫様を頼む」と笑顔で送り出してくれたのだと。
「あの者達の命を無駄にしないためにも、どうか――」
キヌは泣いていた。――ずるい。そんな風に言われたら、断れるわけ無いじゃないか。
「わかったでありんす。でも、キヌも一緒に行くでありんす」
「もちろんです。私がお守りします」
「違う! 一緒に生きるでありんす!」
怒ってキヌに強く言うと、ハッとした顔になりキヌが微笑んだ。
「はい、かしこまりました」
◆
「――はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
神社の裏から、山に入りキヌと山道を駆け上がった。手を握り合い、お互いを支える。
しかし、追っ手は
「追え! すぐ近くにいるはずだ!」
怒号が聞こえる。息を殺し、樹の陰に身を隠し息を整えた。
「キヌ、まだ走れるでありんすか?」
「も、もちろんでございます」
嘘だ。疲労から息は荒く、顔は
「必ず逃げ切れるから、もう少し頑張るでありんす」
疲労
比較的近くにいた追手が別方向に向かうのを尻目に逆方向に走り出す。しかし――
「いたぞ!」
別方向から回り込んでいた追手に見つかってしまう。意を決し、<幻惑魔法>を相手に放つ。カグラが去ってから身につけた力だ。相手の意識に干渉し、
「あっちだ! あっちに逃げて行ったぞ!」
見当違いな方向を指さし駆けていく。周りの追っ手も何人かついて行った。これでいくらかは時間が稼げるだろう。追っ手とは別方向に向けてキヌと駆けて行く。
◆
「はぁっ……はぁっ……こ、ここまで来れば大丈夫でありんす」
荒い息を整えながら、キヌに笑いかける。もう追っ手の足音は聞こえない。キヌも息を整えながらも、笑顔でうなずいてくれた。
「息を整えたら、すぐにまた移動するでありんすよ」
「それは困るな」
急に呼びかけられたことに驚愕するも、すぐに相手を確認する。いつの間にか、すぐ近くに一人の怪しい仮面の人物が立っていた。
奇怪な仮面をつけ、マントを羽織っている。身長はそれ程高くなく、声音は少年の様だった。敵と認め、すぐに<幻惑魔法>をかける。
「面白い魔法を使うね。やっぱり君に会いに来て正解だったよ」
「どうし、て……」
少年は平然とこちらに歩み寄ってくる。こちらの魔法がまるで効いていない。
「稲姫様! お逃げください!!」
キヌがわっちを突き飛ばし、少年の前に立った。
「ああ、君は
そう言うと、少年は
「キヌ!!」
キヌに注意を向けた瞬間、いつの間にか少年に腕を
「あまり手間を取らせないで欲しいな」
「い、痛い……!」
ギリギリと腕を
「お前は絶対に許さないでありんす!!」
「それは楽しみだ。――でも、ちょっと生意気すぎるな。しっぽの一本でも斬り落としておこうか」
少年が剣を振り上げた。思わず目を閉じる。
「――けて」
「ん?」
「助けてカグラぁ!!」
――すると、胸元の首飾りについている石が、まばゆい輝きを放つ。それと同時、意識が途絶えた。
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