【第一部】第十八章 魔素操作

――アレンの部屋――


 稲姫が人に化身――人化――し、ショッピングをしにアレンがエリスやカール、稲姫とモールに行った翌日。


「う、う~ん……」


 朝起きると、案の定、稲姫がアレンの布団にもぐり込んでいた。もう動揺は無い。なんとなく予想していたのだ。一応、自分の服をチェックする。――うん、特に変なところはないな。


 稲姫と同居する条件として、風呂と就寝は別々にするようにエリスから厳命されていたが、これは不可抗力だ。寝る前は別々だったはずなのだから。


「すぅ……すぅ……」


 気持ちよさそうに寝息を立てている。しかし、そろそろ起きて準備し、学校に行かなくてはいけない。


 ほっぺを指でぷにぷにする。それがくすぐったかったのか、ふにゃ、とはにかみ、俺の指をつかんできた。もう片方の手でつんつんすると、やがて覚醒する。


「ん~……。主様、おはようでありんす」


 あくびを噛み殺しながら起き上がる。


「おはよう。今日からまた学校だから、行ってくるよ。稲姫はどうする?」

「一緒に行くでありんす」

 

 狐状態であれば、今までも教官から見過ごしてもらってたから問題ないだろうし――説得は大変だったが、召喚獣ネタでなんとか押し通した――一緒に行くか。


 二人分の朝食を用意し、「ほら、食べよう」と、稲姫と二人でテーブルにつく。目玉焼きとトースト、サラダ、牛乳というシンプルなものだが、稲姫はうまそうに食べてくれた。


「おいしいでありんす!」


 しっぽが左右にフレているから本音なんだろう。今度からもう少しってもいいなと、少しやる気につながる。


 朝食を食べ終え、着替え、顔を洗い歯を磨き、準備はできた。カバンをもって稲姫と寮を出る。もちろん、狐状態になってもらっている。抱っこを要求してきたので、腕に抱えている。



「おはよう。今日も狐ちゃん可愛いね♪」


 学校に着くと、女子生徒――クレアから声をかけられる。稲姫の名前は知らないが、ミハエルとの決闘で稲姫が現れて以来の大ファンの一人だ。稲姫の頭を優しくなでてくる。稲姫もされるがままに受け入れている。


「甘えん坊でな。こうやって抱いてほしいって要求してくるんだ」


 そう言って笑い合い、手を振りながらクレアと別れる。そのまま教室へと向かった。


――教室――



「うっす!」

「おはよう」

「ああ、おはよう」


 教室に入ると、カールとエリスからあいさつされるのでいつもの様に返す。


「あ、カール、これ。昨日はありがとう」


 アクセサリーショップでネックレスを買うのに1万ゴールド足りなかったのでカールに借りたのだ。忘れないうちに返しておく。


「おお」


 それだけ言い、カールはお金を受け取る。サバサバしてて、こちらとしても助かる。


「昨日は約束、守ったでしょうね?」 


 ズイ、とエリスが顔を近づけてくる。約束とは、“稲姫と別々に風呂と就寝をすること”だろう。うん、守ったぞ。――少なくとも、


「あ、当たり前だろ?」


 微妙に視線をそらしながらエリスに答える。エリスは、「あやしい……」と言いながらも、これ以上追求しようがないのか、そのまま引き下がってくれた。


「稲姫も甘えてないで、腕からおりなさい。アレンが困ってるでしょ?」


 エリスはジタバタと抵抗する稲姫を抱き上げ、床におろした。――まぁ、そろそろ降りてもらう予定だったからな、問題ない。稲姫は不服そうだが。


「朝のHR始めるぞ~」


 教官が教室に入ってきて、俺達はそれぞれ席についた。



 午後は実技訓練だ。俺達は一緒に訓練場に向かった。訓練場に着き、教官が現れ、いつものように自主訓練が開始される。俺達は、遠隔攻撃の訓練をするためのブースに移動する。


 まず、魔法大好きエリスがブースに入る。いつものように<ファイアボール>を呪文詠唱する――かと思われたのだが、なんと、無詠唱だった。


 そして、いつもの訓練より明らかに大きな炎を生み出し、ターゲットに飛ばす。


 着弾するとターゲットは燃え上がり、エリスのつけたデバイスから、練度計測の終了音が鳴る。


 そう、デバイスには魔法の練度を測定算出する機能があるのだ。上から“S~Gの8段階”があり、前回訓練時、エリスのファイアボール練度はCだった。


 なお、今は――



「すごいエリス! “練度A”じゃない! それに無詠唱だし! いつの間にこんなに極めてたの!?」

「ま、まぁね。ちょっと……そう! 猛特訓したのよ、最近!」


 昨日の朝、稲姫が俺のベッドで寝ているのに激怒して覚醒したのが一番の原因だと思うけどな。


 昨日のよりは小さ目だったから、昨日測定してたら、やっぱり“練度S”はいってただろうな。エリスと女子たちがワイワイしてるのを眺めながら俺は、そう物思いにふける。


 次にカールが測定した。唱えた魔法は<ロックブラスト>だ。


「う~ん、変わらねぇな」


 練度は前と変わらぬ“F”だった。


「まぁ、そんなに日も経ってないしな」


 そう声をかけてカールをなぐさめ、入れ替わりでアレンはブースに入る。――さて、次は俺の番だ!



 今回、試したいことがある。稲姫の使う<魔素操作>を<神託法>により自分も使えないか試すのだ。昔は使えたらしい。記憶がないので、稲姫によると、だが。


 原因はわからないが、昔より稲姫の力は落ちているらしいし、なんとなく、俺自身の力も前の方が強かったのではないかと、稲姫の話を聞いて考えるようになった。なにはともあれ、今使えるかのチェックだ。


 皆が見守る中、アレンはターゲットに向けて手を差し伸ばした。いつの間にか、稲姫がアレンの近くにきている。


 稲姫はどことなく心配そうにアレンを見上げている。アレンは稲姫に軽く微笑んだあと、ターゲットに向き直った。


 試す魔法は風属性の<ウィンドカッター>だ。いつものように呪文詠唱を開始する――のではなく、目を閉じ、魔素の流れを掌握するために集中する。


 確かに前よりも魔素の存在を感じられるようになってはいるが、操作できるかというと、自信はない。だが――


 

 ふと、身体の内から力が沸き上がるのを感じた。なぜ急にこうなったかはわからないが――――これならいける!


 アレンは目を開け、風属性の魔素を自分の周りに集めるよう、無詠唱で魔素を操作した。

 

 変化は劇的だった。アレンの周りに凝縮されて緑に色づいた風属性の魔素が集まり、渦を巻く。


 何事だと他の生徒や教官が周囲に集まってくる。アレンが突き出した右手をグッと握ると、眼前に、緑色に輝く刃が形成された。


 そして、アレンがターゲットに手を向けたまま握りこぶしを開く。――すると、緑の刃がターゲットに飛んで行った。


 緑の刃がターゲットに触れた瞬間、派手な断裂音が鳴り、ターゲットが真っ二つになった。支えのなくなった上半分が地面に落下する。


 デバイスの練度計測が終了し、モニターに結果が表示された。


――『ウィンドカッター 練度S』


 “改”ってなんだ? とアレン首をかしげると同時、周囲から歓声が上がった。



「す、すごいすごい! こんなの見たことないよ!?」

「アレン、お前、一体いつの間にこんな力を!?」

「くっ! アレン……僕との闘いでは手加減をしていたというのか!?」


 最後のは、ミハエルっぽいな……。


 皆のところに戻る。稲姫が「キュイ♪」と鳴き、嬉しそうに俺のまわりをグルグルと回っている。


「すげぇじゃねぇか、アレン!」

「やったわね!」


 カールがアレンの肩に腕を回しながら、エリスが手を叩きながら称賛してくれる。俺は気恥ずかしさから頬をかき――


「ああ。どうやら、俺にも<魔素操作>ができるみたいだ」

 


――そうして、アレンは無事に力を行使できたことに胸をなでおろすのだった。

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