【第一部】第十七章 ショッピング

――アレンの部屋――



「“御使い”、――そして、<神託法>か……」


 アレンは目を閉じて記憶を探った。


『――カグラ、お前には才能がある。これからも神様のお力に感謝を捧げ、世の調停に尽力するのだ』

 

 誰かがそんなことを言っていた気がする。アレは誰だっただろうか……はっきりとは思い出せない。


「<神託法>……神様から託された力? ってことか?」


 アゴに手を当てながらひとりごちる。――ふと、稲姫を見る。


「稲姫って神様?」


 ストレートに聞いてみた。稲姫は「ふふん!」と言う感じで腰に手を当て――


「わっちのように妖力の高くなった妖狐は、“神獣”として崇められているでありんすよ!」


 しっぽをフリフリしながら言うと少し説得力がないが……確かに、魔素操作とか、力はすごかった。


「そうか、すごいんだな。――そして俺にも、稲姫の力が使える?」

「使えるはずでありんす。でも――」


 ふと、稲姫が俺の顔、というか頭?を見て口ごもる。


「ん?」

「なんでもないでありんす……」


 そう言って目を伏せ、稲姫は話を切り上げてしまった。


「明日は実技訓練があるから、試してみましょうよ」


 これはエリスだ。


「そうだな」


 ちょうどいいな。明日が楽しみだ。


「そう言えば、エリスは何で俺の部屋に来たんだ?」


 ふと思い出し、なんの用で来たのかが気になったので、エリスにそう聞いてみた。



「そ、それは――っとっと……」


 あわてたのかエリスは紅茶のカップを落としそうになるが、なんとかことなきを得る。カップをテーブルに置くと――


「買い物に行きたいんだけど、アレンに付き添ってもらおうかと思って」


 顔を赤くし、そっぽを向きながら、モゴモゴとそう告げる。


「はは~ん、デートのお誘いかぁ」


 カールがからかうように言う。


「ち、違うわよ! ただ、服選びの感想を聞きたくて――」

「それをデートって言うんじゃ――」


 カールがつっこむとエリスは顔を真っ赤にし、カールを追いかけまわそうとする。――アレンは、それを尻目にふと思いついたことを口にした。


「ちょうどいいな。稲姫に服を買ってあげたいしな」

「わっちは自分で作れるでありんすよ?」


 そう言って、稲姫はくるっとターンして今来ている色鮮やかな着物を見せつけてくる。どうやって作っているのかはわからないが、見事なものだ。だが――


「ここらでは見ないものだから少し目立つんだよな。ここでの服を外出用に一着くらい持っていてもいいだろう。かわいいのもあると思うぞ?」


 そう言うと稲姫もしっぽを振り――


「欲しいでありんす!」


 よし、決定だ。


「エリス、カール。じゃあ、モールに行こうか」


 エリスがカールを追いかけまわしている。二人に声をかけると――


「――はぁ、っはぁ。お、おう、行こうか!」

「ええ、行きましょう」


 二人も同意し、さっそく稲姫を連れてモールに向かうため寮を出た。


 

 寮を出て、色々な店の集合したショッピングモールに向かう。たいして距離は無いし、天気がいいので歩きだ。


「そう言えば、耳としっぽは隠せるか?」


 やはり稲姫は目立つのだろう。道行く人とすれ違う度――


「か、かわいい!」

「もふもふしたい!」

「……連れ帰りたい」


 と、皆の好奇の視線にさらされている。――犯罪臭のする発言をしたやつには、きっちりとにらみを利かせておいた。


「う~ん……できるけど、結構疲れるでありんす」

「そうか。じゃあ、モールに入るまではこのままでいいか」


 無理強いはしたくないしな。もしもの時はコスプレでごまかそう。


「狐の状態には戻れるのか?」


 これはカールだ。


「戻れるでありんすよ」


 すぐさま獣化する。ちょ――。そしてすぐに人型に戻る。服も元通りだ。


「他の人が見たら驚くから、いきなり獣化しちゃだめだぞ?」


 俺は稲姫に注意する。稲姫は「わかったでありんす」と言い、笑顔で横を歩いている。



――まぁ、いいか。つっ込まれたら適当にごまかそう。エリスがどこかあきれ顔だ。そうして、皆でしばらく歩いた。


――モール――



「ふわぁ……」


 モールに着くと、稲姫が感嘆の声を上げた。立ち並ぶ店や人混みの活気が珍しいのだろう。ちなみに、少し前に狐耳としっぽは隠してもらってるから、バレはしないだろう。


「はぐれちゃいそうだしな、ホレ」


 手をさし出すと、稲姫は嬉しそうにアレンの手を取る。ふと、逆サイドから圧を感じる。


「ちょ、ちょっと! 手を繋がなくたっていいでしょ!」


 エリスがお怒りだ。


「でも、はぐれちゃいそうだし……」

「わ、わかったわ。――じゃあ、あたしも」


 稲姫と手を繋いでる方とは逆の腕を取られる。――というか、腕を組まれる。そして、エリスと稲姫がにらみ合っている……。


「さすがに、少し歩きにくいんだが……」


 それに周りの視線もちょっと気になる。というか――


 カールが舌打ちをしながら地面を蹴っていた。――どうすればいいんだ、こういう時。


 ちょうどその時――


「お兄さんたち! ちょっと覗いていかない?」


 近くの店の売り子さんから声がかけられた。おお! 助かった!


「行ってみようぜ」


 アレンは皆を連れて店に入る。そこは今日の目的でもある、服や帽子の店だった。特に帽子は稲姫の耳を隠すのにぴったりだな。店に入り、各々が好きに物色を始めた。



「ど、どうかしら?」

「主様主様! 見てほしいでありんす!」


 エリスと稲姫が次々に試着してアレンに感想を求めてくる。


「二人とも、よく似合ってるぞ」


 ありきたりな感想だが、心からそう思う。それらの中から、エリスと稲姫が買うものを選んで決めた。


 エリスは美少女なので、どの服もよく似合うのだが、キャミソールに羽織ものを合わせ、カジュアルな帽子をかぶってうまく上品にまとめていた。

 

 稲姫はフリルのついたワンピースに麦わら帽子だった。幼い見た目や可愛らしい顔立ちも相まって、とても愛くるしい。


 ふと、よく夢で見る金髪碧眼の少女が白色のワンピースを着ていたことを思い出すが、二人に失礼だと思い、今は深く考えないでおく。


「毎度あり!♪」


 二人の会計を済ませる。カールの手前、エリスの分まで買うのははばかられたので、エリスには自前で買ってもらった。


 エリスは元からそのつもりだったみたいだが。カールとアレンはそこまで欲しくなかったので、特に何も買わなかった。



 店を出ると、そろそろいい昼飯時だった。アレンは稲姫の分の袋を持ち歩きながら3人に聞く。


「なにが食いたい?」

「なんでもいいわ」

「おまかせでありんす」

「まかせるわ」

 

 『お、お前ら……』と思わなくもないが、『じゃあ』と、色々なメニューのあるレストランに向かう。


 少し待ったが、無事、四人が一緒に座れる席につけた。それぞれが食べたいものを注文する。稲姫には、お子様ランチと果実ジュースとデザートのアイスを頼んだ。


「ふわぁ……」


 お子様ランチを目の前に、稲姫の目がキラキラしている。しっぽがあったら左右にフリフリされてそうだ。ごはんに立っている旗を取って、食事を開始する。


「おいしいでありんす!」


 味も気に入ってくれたようで何よりだ。ある程度食べ終わるとデザートのアイスが来て、稲姫はこれも喜んで食べている。


 エリスはデザートにケーキを頼んでいた。「太るぞ?」とからかおうかと思ったが、ふと殺気を感じたのでやめておいた。


 昼食後も店をめぐり、追加でいくつか購入した。エリスと稲姫は靴、カールは時計。――そして俺は、アクセサリーショップで石のついたネックレスを買っていた。



「ネックレス?」


 店で物色してる時、エリスが俺の手元をのぞき込んで聞いてくる。間もなくして、稲姫ものぞき込んでくる。


「昔、わっちにくれたものと似てるでありんす!」


 ほう。昔の俺――カグラは、稲姫にネックレスをプレゼントしていたのか。そう言えば、そんな気も――


「ほほう」


 エリスさんから、どことなく圧を感じる。


「ま、まぁいいじゃないか。ちょっとこのネックレスについてる石が気になってるんだよ」


 ネックレスには薄青く輝く石が繋がれていて、とてもキレイな輝きを放っている。


「お目が高いですね。それはとある商人の方からおろしてもらったもので、とても珍しいらしく、うちの店にもそれしかないんですよ。なんでも東方で産出される石とかで、数があまり出回らないとか」


 アレン達がネックレスを見ていると、店員が話しかけてきた。東方――やはり、俺や稲姫のいた故郷と何か関係があるのかもしれないな。


「おいくらですか?」

「3万ゴールドです!」


 思わず吹き出しそうになった。――高い! 財布を見ると、2万ちょっと……


「足りないのか? 貸してやるよ」


 カールが近づいて来て財布を開き、「いくらだ?」と聞いてくる。なにこのイケメン……?


「すまん、どうしても買っておきたいんだ。1万貸してくれないか? 部屋に戻ればあるから、明日返すよ」

「おう」


 カールは特に余計なことは言わず、1万を貸してくれる。マジでありがとう! 自分の手持ち2万と合わせ、3万を店員に渡した。


「毎度ありぃ! 今後ともぜひ御贔屓に!♪」


◆ 


 帰り道、アレン達は、他愛のない話をしながら寮に戻った。稲姫が俺の部屋に戻ろうとするのをエリスが止めようとして一悶着あったが、今すぐにはどうしようもないのと、どうしても俺の近くにいたいと稲姫が希望していること、そして何かあった時に俺が近くにいた方が都合がいいと説得し、しぶしぶながらも納得してもらった。


「いい!? 認めたわけじゃないんだからね!」


 と、いまだに怒りながら言うエリスを見送り、俺達は寮の部屋に戻り、夕食などを済ませ、その日は疲れから早くに眠りにつくのだった。



――エリスさんから提示された稲姫同居の条件で、風呂と就寝は別々という厳命を受けており、俺は稲姫を説得し、しぶしぶながらも従ってもらった。やはり命は惜しい……。

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