【第一部】第十六章 稲姫の記憶【五】そして少年は力に目覚める

 カグラが遊びに来てくれるようになってから、生活は大きく変わった。


手毬てまり遊び?」


 カグラは色々な遊びを知っていた。その中でもわっちのお気に入りは、お互いに手毬を返し合う遊びだった。


「この毬を相手にはじいて返すんだよ。落とした方が負けな?」


 そう言ってカグラは、わっちに手毬をトスしてくる。あわあわしながらも手毬をはじいてカグラに返す。


「うまいうまい!」


 少しそれてもお互いにフォローし合って、落とさないようにはじき返す。


 ただそれだけなのに、誰かとする遊びは、とても楽しかった。カグラは帰り際に手毬を預けてくれて、一人でいる時は、空中に放ってキャッチしたり、色鮮やかな模様の毬を見るだけでも楽しく、いつも持ち歩くようになった。


 カグラは神社の外にも連れ出してくれた。川遊びをしたり、木の実を拾ったり、外にも楽しいことがいっぱいあった。たまに村におりては、かくれんぼや追いかけっこをした。


 仲間に入りたそうにしている村の子供達にカグラは「一緒に遊ぼうぜ!」と声をかけ、いつの間にか大勢で鬼ごっこをするようにまでなっていた。


 わっちの時は恐れ多いと言って村人達は距離を取っていたけど、カグラの明るさや強引さで、村人達と打ち解けるのにそんなに時間はかからなかった。



 カグラの周りにはいつも人の輪ができており、すごく居心地がよく、わっちもそれが嬉しくてたまらなかった。



 やがて、田植えの季節になった。この時期になると、わっちにもお仕事がある。


「稲姫様、今年もお願いできますでしょうか?」


 キヌがそう言って頭を下げる。キヌもわっちのことを稲姫と呼んでくれるようになっていた。


「もちろんでありんす」


 迷いなく答える。いつもお世話になっている村の人達に恩返しができるのだから迷うはずがない。


「ん?」


 カグラが興味深そうにしている。驚かせたいから今は黙っておこう。 



 キヌに連れられ、カグラと一緒に村の水田に向かう。そこはちょうど田植えが終わったらしく、村人達が汗をぬぐいながら近くに座り込みくつろいでいた。


 わっちが来たのがわかると、村人達はみなイソイソと姿勢を正す。


「ここでありんすね?」


 わっちは裸足になって水田に入り、その中央に向かう。服が濡れないように、あらかじめすそをたくし上げておく。


 村人達がひざまずき、こちらに向かって両手を合わせているのが見える。カグラは少し離れたところで、『ほけーっ』とした顔でこちらを注視しているようだ。


――きっとこれを見たら驚くだろう。


 今から楽しみになる。


 水田の中央に着くと、目を閉じ、集中する。土、水、苗、そしてそれらを取り巻く魔素の流れを感じ、掌握する。


 目を開き、魔素の操作を始めた。


 空中、地中、水中の魔素をコントロールし、作物がより良く育つよう、水田のすみずみにまで行きわたらせる。


 凝縮された水属性や土属性の魔素が鮮やかに色づき、辺りに幻想的な光景を生み出す。やがて、すみずみまで行きわたるのを感じ取り、魔素操作を終わらせた。


 事が終わると村人達は口々にわっちに感謝の言葉を投げかけた。水田から上がり、カグラの方に向かう。カグラも大喜びで、拍手して迎えてくれた。


「すごい!こんなの見たことないよ!」

「わっちなら当然でありんす!」


 カグラに会ってからこんなに誇らしく感じたのは、これが一番かもしれない。二番は、キヌの料理を褒められた時だ。


「オレもやってみたいなぁ」

「これはわっちにしか出来ないでありんすよ」


 人間にはできない。それは今までの村人達との付き合いでよく知っていたし、だからこそ、これができる自分は大切にされているのだ。


「やってみなくちゃわからないだろ?」


 そう言うとカグラは、少し離れたところにある、大きな枯れた木のところへと歩んで行った。



 村人達が興味深げに集まってくる。わっちはカグラが恥をかくのが嫌で、口に両手をそえ、大きな声で呼びかける。


「人間には無理でありんすよ~! あきらめるでありんす!」


 そう言ってもカグラは振り向かず歩みを進め、まもなくして枯れた木にたどり着いた。


 そして肩幅に足を開き、おもむろに両手を斜め上に掲げた。



――ドクン


 ふと、わっちの胸元が熱くなる。こんなことは初めてで、あわてて胸元をおさえてもおさまらない。


 

 そして、変化は急激に訪れた。カグラの周りに風属性や水属性、土属性の凝縮された魔素が集まり、色鮮やかに渦巻く。


 村人達から動揺の声が上がる。わっちは驚きで言葉が出なかった。カグラは集まった魔素をわっちと同じように操作し、大きな枯れた木に流し込んでいく。



――それは美しい光景だった。

 

 枯れた木の表皮がみずみずしくなり、枝が伸びる。枝の先から、緑の葉が生い茂っていく。


 生き生きとした息吹を感じさせるように、風で葉擦れの音が鳴り、それが耳に心地よい。カグラが両手を下ろすと魔素の光は霧散し、活力に満ちた、“生きた木”がそこにあった。



「な――――」


「さ、さすがは<御使い>さまじゃ!」

「こんなことって……!」


 わっちの絶句は、村人の驚嘆によるざわめきに押し流される。村人は我先にとカグラに群がり、それに気付き驚いたカグラが頬をかきながら苦笑いをしていた。



――これこそが主様の一族が持つ権能<神託法しんたくほう>で、主様が今まさしくこの瞬間に力に目覚めたとは、この時のわっちには知る由もなかったでありんす。

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