【第一部】第十三章 稲姫の記憶【二】その名は“カグラ”
――神社――
ひとしきり笑った少年はこちらに手を差し出してきた。意味がわからず、少年の手と顔を交互に見つめる。村人でこんなことをしてきた人は誰一人としていない。
「仲直りの握手をしよう?」
「『あくしゅ』って何でありんすか?」
少年は一瞬ポカンとし、にっこりとほほ笑む。そしてもう片方の手でわっちの手をつかみ、自分の手とニギニギさせる。
「こうやるんだ。友達になろうってやるのが『あくしゅ』だよ」
“ともだち”。ずっと欲しかったけど、誰もなってくれなかった。思わず口がニマニマしてしまう。しっぽが勝手にバタバタと左右に振れてしまう。
◆
「いつもここに住んでるの?」
縁側に並んで座り、少年といっしょにおやつを食べる。少年が上着に忍ばせていたおはぎを分けてもらった。あんこがとてもおいしい。
「ここがわっちのおうちでありんす」
もぐもぐしながら少年に答える。少年は「へ~」と言いながら、神社を見まわした。わっちには見慣れてるから何がめずらしいのかわかりんせん。
「キレイなお家だね」
ほめられた。『ふふん!』とほこらしくなる。もちろん、ドヤ顔だ。
「お父さん、お母さんはお仕事中?」
「わっちに親はござりんせん」
それを聞いた少年が一瞬固まった。気まずそうに、「ごめんね。悪気はなかったんだ」と謝ってくる。なんで謝ってくるのかわからない。
わっちは最初から一人なのだ。でも、少年の困った顔を見ていると、少し面白くない。
「わっちにばかり聞いてずるいでありんす! お主のことも話すでありんす!」
少年に抗議した。少年は苦笑いし、「何が聞きたい?」と問うてくる。
「まずは名乗るでありんすよ!」
「ああ、すっかり忘れてたよ。オレは“カグラ”。神が楽しむと書いてカグラだよ」
カグラ。――うん、覚えた。でも、村人でこんな名前は聞いたことがない。
「めずらしい名前でありんすね」
「そうかな……君の名前は?」
「“お稲荷様”でありんす」
少年改め、カグラはきょとんとした。
「あはははは! 名前に“様”がついてるなんて変なの!」
お腹を抱えて笑われた。また顔が熱くなる。
――むぅ~っ……!
「お主には言われたくないでありんす!」
「ごめんごめん!」
『はぁっ……はぁっ!』と息を整えつつ、カグラが謝ってくる。
「なら、もっといい名前をお主がつけるでありんすよ!」
カグラが再びきょとんとする。戸惑っているようだ。
「オレが決めちゃっていいの?」
わっちが黙ってうなずくと、カグラは目を閉じて「う~ん」とうなる。目を開けると、わっちの周りをぐるぐると周り、ふと手をたたいた。
「――“稲姫(いなひめ)”!」
これしかないという風に、自信満々にカグラが告げた。
「稲穂みたいにキレイな髪をしてるし、お姫様みたいだから、くっつけて“稲姫”! どう!?」
「ま、まぁ、お主にしてはマトモな名前でありんすね」
熱くなる顔を見せたくなくて、そっぽを向きながら答える。
「じゃあ、これからは稲姫と呼ぶでありんすよ!」
――これが、わっちと主様……カグラとの出会いだったでありんす。
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