【第一部】第十三章 稲姫の記憶【二】その名は“カグラ”

――神社――


 ひとしきり笑った少年はこちらに手を差し出してきた。意味がわからず、少年の手と顔を交互に見つめる。村人でこんなことをしてきた人は誰一人としていない。


「仲直りの握手をしよう?」

「『あくしゅ』って何でありんすか?」


 少年は一瞬ポカンとし、にっこりとほほ笑む。そしてもう片方の手でわっちの手をつかみ、自分の手とニギニギさせる。


「こうやるんだ。友達になろうってやるのが『あくしゅ』だよ」


 “ともだち”。ずっと欲しかったけど、誰もなってくれなかった。思わず口がニマニマしてしまう。しっぽが勝手にバタバタと左右に振れてしまう。



「いつもここに住んでるの?」


 縁側に並んで座り、少年といっしょにおやつを食べる。少年が上着に忍ばせていたおはぎを分けてもらった。あんこがとてもおいしい。


「ここがわっちのおうちでありんす」


 もぐもぐしながら少年に答える。少年は「へ~」と言いながら、神社を見まわした。わっちには見慣れてるから何がめずらしいのかわかりんせん。


「キレイなお家だね」


 ほめられた。『ふふん!』とほこらしくなる。もちろん、ドヤ顔だ。


「お父さん、お母さんはお仕事中?」

「わっちに親はござりんせん」


 それを聞いた少年が一瞬固まった。気まずそうに、「ごめんね。悪気はなかったんだ」と謝ってくる。なんで謝ってくるのかわからない。


 わっちは最初から一人なのだ。でも、少年の困った顔を見ていると、少し面白くない。


「わっちにばかり聞いてずるいでありんす! お主のことも話すでありんす!」


 少年に抗議した。少年は苦笑いし、「何が聞きたい?」と問うてくる。


「まずは名乗るでありんすよ!」

「ああ、すっかり忘れてたよ。オレは“カグラ”。神が楽しむと書いてカグラだよ」


 カグラ。――うん、覚えた。でも、村人でこんな名前は聞いたことがない。


「めずらしい名前でありんすね」

「そうかな……君の名前は?」

「“お稲荷様”でありんす」


 少年改め、カグラはきょとんとした。


「あはははは! 名前に“様”がついてるなんて変なの!」


 お腹を抱えて笑われた。また顔が熱くなる。


――むぅ~っ……!



「お主には言われたくないでありんす!」

「ごめんごめん!」


 『はぁっ……はぁっ!』と息を整えつつ、カグラが謝ってくる。


「なら、もっといい名前をお主がつけるでありんすよ!」


 カグラが再びきょとんとする。戸惑っているようだ。


「オレが決めちゃっていいの?」


 わっちが黙ってうなずくと、カグラは目を閉じて「う~ん」とうなる。目を開けると、わっちの周りをぐるぐると周り、ふと手をたたいた。



「――“稲姫(いなひめ)”!」


 これしかないという風に、自信満々にカグラが告げた。


「稲穂みたいにキレイな髪をしてるし、お姫様みたいだから、くっつけて“稲姫”! どう!?」


「ま、まぁ、お主にしてはマトモな名前でありんすね」


 熱くなる顔を見せたくなくて、そっぽを向きながら答える。


「じゃあ、これからは稲姫と呼ぶでありんすよ!」

 


――これが、わっちと主様……カグラとの出会いだったでありんす。

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