【第一部】第十二章 稲姫の記憶【一】やんちゃな少年

「んにゅう……」


 今日も拝殿の縁側でひなたぼっこし、気持ちよくお昼寝中。


「ふにゅ」


 なんだか鼻がむずむずする。手でカキカキしようとするが、何か別の柔らかいものに触れる。それが急に、もぞもぞと動く。


「ふにゃあ!」


 なんぞ! 驚いて跳ね起きる。白い蝶々が飛んでいく。どうやら蝶々が鼻に止まっていたようだ。



「あ、お目覚めですか、お稲荷様」

「おはようでありんす」


 近くには、いつもご飯を用意してくれたり、神社を掃除してくれるお姉さん、キヌがいた。


「もうお昼ですよ? ――はい、お腹すいてませんか?」


 そう言って、キヌは油揚げで酢飯を包んだごはん、おいなりさんを渡してくれる。とてもおいしいのだけれど、毎日だと流石に飽きてくる。


「たまには違うものがいいでありんす」


 口をとがらせて、キヌに不満を訴える。キヌは優しく笑いながら――


「あらあら。じゃあ、今度、何か他のお料理を作ってきますね?」


 キヌ大好き! と、満面の笑みで抱きつく。キヌは優しく抱きとめて、髪を優しくすいてくれる。とても気持ちがよくて、しっぽが勝手に左右に振れてしまう。


「じゃあ、また明日来ますね」


 昼食の後片付けと夕食の用意、掃除を終えると、キヌはいつものように帰ってしまう。いつもこの時が一番寂しい。


「わっちも、みんなと一緒にいたいでありんす」


 狐耳をしゅんとさせながらキヌに訴える。キヌは困ったように笑いながら、「また来ますから」と言って、山を下り村に戻って行ってしまった。



「ん~。退屈でありんす……」


 村の人はみんな優しい。毎日食事をくれるし、神社をキレイに掃除してもくれる。


 でも、危ないから神社の外に出ないように言われ、引きこもる毎日だ。もっと村の子供達と遊びたいけれど、みんな恐れ多いと言って相手にしてくれない。


 『ぷぅーっ』と頬を膨らませ、足をジタバタする。誰も見ていないから、虚しいだけなのだけれど。



――ガサッ


 そんな時、神社近くの草むらで、何かが動く音がした。また野生動物だろうか。イノシシだったら怖い。あわあわと急いで拝殿の中に入り、入口の陰から顔だけを出し、様子を伺う。


「う~ん……ここ、どこだ?」


 草むらから出てきたのは、人間の子供だった。頭に葉っぱがついている。村の子供の中にこんな子がいただろうか? 初めて見る顔だ。


 少年がこっちを見た。怖くなって柱の陰にサッと隠れる。……でもやっぱり気になって、少ししてまた入口の端から覗いてしまう。


「――ばぁっ!!」

「にゃあぁぁぁっ!?」


 いつの間にか少年が急接近しており、両手を万歳して大声でおどろかされた。思わず大声で悲鳴を上げてしまった。


 少年は、「あはははは!」とこちらを指さして笑う。お腹を抱えて大爆笑だ。頬が自然と熱くなる。


「わっちはんでありんす! でありんす!!」


 村人が使っている言葉で覚えたものを使ってみる。前にわっちにをした子供が、親にそう言われてブタれていたのを覚えている。


「ごめんごめん! 君の反応が面白かったからさ!」


 そう言うと少年は目にたまった涙をぬぐい、改めてこちらを見た。そして驚いた顔をする。


 狐耳としっぽを興味深そうに見つめている。それを見て、「ふふん!」とドヤ顔で腰に手を当てる。


 わっちが何かを知って、この少年も態度を改めるだろうと思ったのだ。――でも、少年は違った。



「お、おお~!」


 少年は感嘆の声を上げ、無遠慮に狐耳をもふもふ、しっぽをにぎにぎ、ほっぺをむにむにしてくる。


「や、やめるでありんす~!」


 声を荒げて両手を振り回すと、やっと少年は手を離した。


「あははは! ごめんごめん! めずらしくて、つい、さ」

 


――少年はそう言って悪びれもせず、自分に屈託のない笑顔を向けてくるのだった。


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