【第一部】第十章 “妖狐”稲姫
「何か言い残すことはあるかしら?」
エリスさんがアレンに問う。
「生きていたいです」
やはり人は生死の境に直面すると生を望むのかもしれない。アレンの口から生への渇望がこぼれた。
◆
「ふにゅぅ……う~る~さぁ~い~!」
アレンの部屋から女の子の声がする!
いてもたっても居られなくなったエリスは、鍵のかかったドアをこじ開けて部屋への侵入を果たした。
ちょうど折り悪く少女がアレンに抱きついてるのを見た瞬間、激情に駆られたエリスは、
「死ぬ! それ、死ぬからっ!!」
と、かつて見たことのない規模の炎球を見たアレンは恐怖し、現実逃避気味に、
(今デバイスがあったら“練度S”も夢じゃないな)
とか、今はどうでもいいことを考えてしまっている。
あわや、こんがりお肉の出来上がり! になるかと思われたが――
◆
「めっ!」
アレンに抱きついている少女がエリスを
構成していた魔素が少女へと流れ込む。何度も見た力に、アレンは『やっぱり……』となるが、今はそれどころじゃない!
ハッと我に返る――無意識だったのかよ!――エリスは、少女を苦々しげに見つめ一言。
「アレンから離れなさい」
「やっ!」
短い拒絶の言葉。だが、決意は固そうだ。アレンに抱きつく少女の力がより一層強くなった。
室温が急激に下がったような錯覚を覚え、あわやハルマゲドンかと思われたその時、救いの神が現れた。
「何があった!? アレン、無事か!?」
エリス侵入時のドア破壊音を聞きつけ、『すわ、何事!?』と、近くの部屋のカールが部屋に飛び込んできたのだ。
カールはぐるりと部屋を見渡す。状況を察し、『はぁ~~~っ……』と、額を手で押さえながら深いため息をつく。
「
とんでもない爆弾を投下して出ていこうとする。「少しは痛い目を見ろ」とのつぶやきも聞こえてきた。――神じゃなくて悪魔だった!
「それ! シャレになってないから!! ――エリスッ! 違う! 気付いたらこうなってて……信じてくれ!」
また走馬灯を見ないよう、アレンの必死な弁明が続いた。
◆
時は冒頭に戻る。
なんとかエリスへの釈明を終え、アレンは少女にお願いして離れてもらった。少女は不満そうだったが、命がかかってるからね。
カールもなんだかんだで部屋にいてくれている。
なお、ドアの応急処置は急ぎ済ませた。エリスは弁償すると言っているが、やんわりと断った。これは誤解が生んだ不幸な事故なんだ。
また、『この子の服、どうしよう……』と相談していたら、どうやって用意したのか、可愛らしい、色鮮やかな着物を身に付けており――はじめから着ていて欲しかった!――ちょっとエリスがうらやましそうに見ている。
落ち着きを取り戻したエリスは、少女を見てからアレンに視線を戻した。
「この子ってやっぱり……」
エリスも同じことを考えているようだ。
アレンは少女に向き直った。
「名前、聞いてもいいかな?」
アレンがそう聞くと、少女から予想外の反応が返ってきた。
◆
少女は一瞬ショックを受けたようにビクンと硬直し、今にも泣き出しそうに目尻に涙をためた。
「わっちの名前は、
俺もそこまで
「主様っていうのは、俺のことかな……? ごめんな。俺、ある時以前の記憶が無いんだ」
ケモ耳が垂れ、しゅんとする狐ちゃん。いじけてしっぽをいじいじ。
やっぱり狐ちゃんは過去の俺と繋がりがあったのだ。アレンは罪悪感に
――いや、諦めるな! 今の俺にできることをするんだ!
「昔には戻れないけど、これから一緒に思い出は作っていける。新しい名前をつけさせてくれないかな?」
うなだれていた少女のケモ耳が立った。……これはOKってことかな?
アレンはしばし黙考する。
――その時、ふと、知らないはずの光景がアレンの頭に
◆
辺り一面いっぱいに黄金色の作物が実っている。そんな中、まぶしい笑顔ではしゃいでいる少女がいた。
作物と同じキレイな黄金色の髪をしており、元気にこちらに手を振っている。こちらからも少女に手を振り返し、名前を呼ぶ。
「
アレンがそう呟いた途端、少女がアレンに抱きついてきた。胸元に顔をうずめて泣いている。
「主様。主様主様主さまぁ……」
直感する。
これが、以前の俺が名付けた彼女の名なのだ。「寂しい思いをさせてごめん」と、アレンは彼女の髪を優しく
また、自分の中に、失っていなかった大切なものがあることをアレンは嬉しく思う。
一度思い出すと、芋づる式に記憶が甦ってくる。ここより東方の地でアレンと彼女――“いなひめ”は出会った。
黄金色に輝く作物と同じ髪色、
――大事な大事な、初めての仲間だった。
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