第2話
それから少し経って、またカントクに呼びされた。場所はいつもの安居酒屋だ。カントクは珍しく興奮しているようだった。
話を聞くと上映会に例の新作を絶賛する人物が現れたのだという。なんでもその人物は小さいながらも映像制作会社の社長でカントクを天才だ逸材だと持て囃したらしい。しかも、その会社で映画を撮ることが決まったという。
怪しさ満点じゃないかと私は思ったが、嬉しそうに話すカントクを見るとそんなことは言えなかった。所詮、私は素人に過ぎないのだし、プロの目にしか見えない光るものがあったのだろう。私は訝る気持ちを引っ込めて、カントクの門出を大いに祝うことにした。
それから随分経って、久しぶりにカントクに呼び出された。場所はなんと高級居酒屋である。
挨拶もそこそこにカントクは最新作のソフトをくれた。これまでのものとは違って、ちゃんとパッケージ化されている。
だが、表紙にはタイトルよりも大きな字で『よく眠れます(医薬部外品)』と書かれていた。
驚きを隠せない私に、カントクはことのあらましを説明してくれた。
上映会でカントクを絶賛したのは睡眠導入映像を作っている会社の社長だったらしい。社長はカントクの映画のつまらなさを評価していたのだった。冒頭三分で寝落ちできるレベルのものは稀らしい。
つまらないものを作るのも技術が必要で、わざとつまらなくしようとすれば作為が生まれて上手く眠りに導けないという。
その点、カントクの映画はわざとらしさが微塵もない、ピュアで純度の高いつまらなさらしい。眠りへの即効性は抜群に高く、副作用も当然ない。
まさにカントクは睡眠導入映像業界の逸材だったのだ。
しかし、あれほど面白い映画にこだわっていたカントクに、つまらない映画を期待するのは酷ではないだろうか。
私は言葉を選びつつ、その旨を伝えた。
カントクは少し照れくさそうに答えた。
「最初は戸惑ったし、腹も立った。でも、自分の映画を喜んでくれる人がいる。それがこのうえなく嬉しかったのだ。面白いとつまらないが、どうでもよくなるくらいに」
カントクはどこか吹っ切れた、清々しい顔をしていた。
久しぶりのカントクとの酒は大いに盛り上がり、私の方が飲みすぎてしまった。
それからカントクに呼び出されることがなくなったかと言うと、そんなことはない。 近頃は仕事が妙に手慣れてしまい、これでは面白すぎると叱責されてばかりらしい。
「どうすればつまらない映画が撮れるのかな」
これが今のカントクの口癖だ。
(了)
【ショートショート】つまらない映画 ウドンタ @udont0301
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