第二話


 異世界で最初にやったことは、ぼくの試し斬りだった。

 いきなりモンスターの前に立たされ、斬ってみろと命じられたのだ。

 やけくそになったぼくが空手チョップをお見舞いすると、まるで豆腐を切るかのようにモンスターが両断された。その後もあれこれ試してみたが、ドラゴンだろうがゴーレムだろうが、面白いように斬れる。どうやらぼくは本物のエクスカリバーだったらしい。

 勇者はぼくを褒めちぎり、魔法使いと戦士は大げさなくらいぼくを持て囃した。

 これまで感じたことのない充実感だった。ここでなら誰よりも輝ける。そんな誇らしさがぼくの心をふわふわとさせた。

「エクスカリバー、正式に私の剣になってほしい」 

正式に、というのは本採用ということだろうか。まさか本当に就職が決まるなんて。元の世界では落とされてばかりいたのに、とんとん拍子とはこのことだ。異世界に来て本当によかった。

「ありがたくお受けしたいと思います」

「契約成立だね」

 こうしてぼくは勇者の剣として、異世界で働くことになった。

 新天地での生活は輝かしいものになるに違いない。 

          

 それは勇者の冒険に同行するようになって、しばらく経ってからのことだった。

 ぼくは休日が欲しいと勇者に直談判していた。剣として働くようになってから、ずっと働き詰めでまともに休めていない。初めは覚えることも多いだろうからと我慢していたが、さすがに限界だ。

「休日だって?」

「ええ。それにぼくの待遇についてもまだ話をしていませんでしたよね」

すると、勇者は嗜めるように言った。

「エクスカリバー、きみは少し心得違いをしているようだね」

「心得違い?」

「魔王討伐は天より仰せつかった崇高な使命。私達は戦ってるんじゃない、戦わせていただいてるんだ」

「は、はぁ」

「だから、休日も給料も必要ないんだよ」

「そんな馬鹿な!」

 ぼくは耳を疑ったが、勇者の目は使命感に燃えていた。

「みんなもそうだろう?」

 勇者が魔法使いと戦士に声をかける。

「もちろんよ! こんなにやりがいのあるお仕事、他にないもの!」

「肉体的にも精神的にも成長できるしな!」

 魔法使いは目をうっとりさせながら、戦士は筋肉をぴくぴくさせながら言った。

 名誉、やりがい、成長などと連呼する彼らにぼくは狂信的なものを感じた。

 ここにいたらまずい気がする。

「辞めさせてください」

 ぼくがそう言うと、勇者は困ったような表情を浮かべた。

「そういうわけにはいかない。きみは魔王討伐に必要不可欠な戦力だからね」

「給料もまともに出ないような職場では働けませんよ」

「お金にこだわっているようでは、人間的に成長できないよ」

 魔法使いと戦士がうんうんと頷いている。

 なんだか無性に腹がたってきた。

 これ以上、付き合っていられない。

「お世話になりました」

 立ち去ろうとするぼくを、勇者が冷たい声で引き止めた。

「戻れ、エクスカリバー」

 その言葉を耳にした瞬間、足が動かなくなった。

「戻るんだ」

 ぼくの意思に関係なく体が動いていく。

 勇者の命令通り、ぼくは元の場所に戻っていた。

「ど、どうなってるんだ」

「きみは私の剣になる、そう契約したじゃないか。道具は持ち主に逆らえない」

「そんな! 死ぬまで働けとでも言うんですか!」

「魔王を倒すまでの辛抱だよ」

「せ、せめて週休二日制の導入を」

 勇者は週休二日制を知らなかった。


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