第8話

 桧山と田所の関係について、一課のその後の捜査により三十数年前、互いに二十代だった頃同じバイト先で働いていたいうことがわかった。

 さらに、バイト先の同僚が不審死していたこともわかった。死因は心臓麻痺。

 だが、わかったのはそれだけだった。その後の二人の接点はついに見つからなかった。桧山は二十代で起業、田所は就職と、まったく別々の人生を歩んでいる。だからこの二人に因縁が生まれるとしたら、この唯一の二十代の頃になく、なおさらそこで起きた同僚の不審死に注目が集まる。

 だが、それだとして、それがなんの証拠になる?

 最近、二人のあいだに接点があったことは、田所の財布に入っていた紙幣から桧山の指紋が確認されたことで証明された。田所を殺した実行犯は、殺しをした際、物取りと見せかけるために財布から紙幣を盗んでいた。それが凶器と一緒に部屋から発見されたのだ。これにより二人のあいだで最近、金銭の授受が交わされていたことが裏付けされた。

 しかし、それとて田所の脅迫によるものなのかどうか、証明することはできないのだ。最近の桧山の言動から鑑みるに、脅迫を受けていた可能性は充分にあり、その相手が彼の金を持っていた田所だということも疑える。

だがあくまで憶測に過ぎない。たんに昔馴染みに会って金を渡しただけかもしれないのだから。

 桧山の死亡についていうと、課長から捜査一課にユニスの推理を報告書として出していた。その後の調べで田所が住んでいた近所で、犬や猫などの不審死が多数あったことがわかった。近隣の住民はそれをたんなる自然死として片付けてしまっていたため、警察に通報されることなく、所轄署も把握していなかったのだ。

 だが、こちらもまた捜査の甲斐なく田所が桧山を能力で殺したというたしかな証拠は見つけられず、ユニスの推理は却下されたのだった。

 これにより桧山の死は突然死として処理された。

 田所を殺した実行犯の男は殺人罪で起訴、余罪があるとしてなお捜査は継続中とのこと。

 その殺人犯に殺しを依頼した桧山は、田所の殺人に深く関与していることから、本来なら共謀共同正犯の罪で問われるところ、被疑者死亡ということで書類送検されたのち、公訴棄却で不起訴となった。それでも殺しを依頼したという汚名だけは残る。その汚名は被疑者に代わって、家族が請け負っている。

 そして田所は、ただの被害者として処理された。

 事件は、幕を閉じた。

「私は、無力ですね」

「え?」

 ぽつりと呟いたユニスの言葉に、ナオミが顔を向けた。

「事件の真相が、真相だと思われる事実が目の前にありながら、それを証明する力がない。私は無力です」

「なに言ってるの。あんたは立派に刑事をやってるじゃない」

「そうでしょうか」

「そうよ。自信を持ちなさい」

 励ましの言葉にユニスはわずかに頬を緩めた。が、すぐにまたその顔はひどく落ち込んだ、暗いものとなった。

「そういえば――」ユニスはふと気づいて言った。「諏訪さん、今日は遅いですね」

 すでに始業時間は過ぎているが、諏訪のデスクは空いたままだった。

「諏訪さんだったら」雨宮が言った。「少し遅れるって連絡があったわ」

「なにかあったんですか?」

「さあ」

 四課の中で諏訪の行き先を知っているものはだれもいなかった。

 ――このとき諏訪が、とある墓地にいることなど、だれの頭にもなかった。


 諏訪は供えた線香の煙にあぶられるように佇む墓石を前にして、目を閉じて静かに手を合わせていた。

 ほどなくして目を開いた諏訪は、コートのポケットに手を突っ込んでその場をあとにしようとした。一人の男がそばにいるのに気づいた。

 男の顔を見て諏訪は、頭を下げた。その際男の指に嵌る指輪が鈍く光るのを見た。

 そのまま言葉を交わすことなく諏訪はその場を去った。その背中を、男はいつまでも見ていた。

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