第7話

「諏訪さん、ひとつ聞いていいですか」

 通話回線を切ってしばらく考え込むように黙っていたユニスだったが、赤信号で車が停まると、ふいに口を開いた。

「なんだ?」

 諏訪は信号機を見つめたまま、聞いた。

「もし桧山を殺したのが田所の場合、この事件はどうなるんでしょうか」

「どうもこうもない。警察は被疑者を検察庁に送る、それだけだ」

「でも被疑者死亡の場合、検察は公訴を棄却し、不起訴にして事件は終わりですよね」

「それはおれたちの預かり知らない話だ……田所が犯人なのか?」

 ユニスは考えあぐねた末に、ゆっくりと頷いた。

 諏訪はその根拠を訊ねようとして、信号が青になったため、車を走らせた。だが、すぐに車を路肩に停止させた。

「根拠はなんだ?」

「根拠と呼べるほどのことじゃないんですけども、証拠もなにもありませんし」

「それでも聞かせろ」

「わかりました……ところで、諏訪さんは大きな古時計って歌、知ってますか?」

「大きな古時計? じいさんの時計とかいうアレか」

「ええ。あの歌の歌詞で、たしか古時計が止まりますよね」

「そうだな」

「なぜ止まるんでしたっけ?」

「なにが言いたんだ」

「それが、この事件の真相だからです」

 真相という言葉に、諏訪は黙り込み、頭の中で歌ってみた。その残骸が、口元から微かにこぼれ出す。

「じいさんが死んだから、時計も止まった」

「そうです。おじいさんが死んだから、時計も止まった。この事件も、その歌と同じだったんですよ。おじいさんは田所浩平、時計は桧山慶一郎。田所が殺されたことで、桧山は死んだ。そういうことだったんです」

「……いったい、どうやって殺したっていうんだ」

「桧山慶一郎は二ヶ月前にもう殺されていたんだと思います」

 諏訪は息を呑んだ。「しかし、桧山に外傷はなかった」

「外傷を残さなくても、田所なら能力を使って桧山を殺すことはできたと思います」

「田所の能力――操作能力か……」

「田所は自身の操作能力を使って桧山の心臓を止めたんです。そして能力を使って蘇生させた。ただしそれは仮初めの蘇生でしかありません。田所が一旦能力を断ち切ってしまえば、桧山の心臓は止まります」

「桧山は田所によって生かされていたということか」

「ええ。二ヶ月前になにがあったのか、なぜそうなり、このような結果になったのか、それはわかりません。二人にどんな因縁があるのかもわからない。とにかく、二人は二ヶ月前、出会った。そこで田所は桧山の心臓を止めて、殺した。そして今度は動かして、蘇生させた。そのうえで、桧山を脅迫して金を要求した」

「桧山は要求に従い金を渡した」諏訪が言った。「と同時に、殺し屋を雇って、脅迫する田所を殺した。まさか自分がすでに死んでいて、田所によって生かされているのも知らずに」

「ええ。知っていれば殺すはずなんてありませんから。殺せば解決すると思ったら、自分まで死んでしまった。二人の死亡推定時刻がほぼ同時刻なのも、これで説明がつきます」

「皮肉だな」

「田所の部屋で動物たちが次々と死んでいったという報告を聞いて、わかったんです。田所はおそらく、動物を使って実験をしていたんではないでしょうか。停止と蘇生が可能かどうか。部屋にいた猫や熱帯魚は、桧山と同じように一度殺されてから、蘇生された。だから田所が殺されたことで能力が消えて、彼らも死んでしまった」

「部屋にあった時計、あれもそうか。能力で動かしていた。だから殺されたと同時に止まった。大きな古時計――」

「ただこれには……」ユニスは言葉に詰まった。

 諏訪もユニスが言いたいことはわかっていた。

「証拠がない」

 ユニスは頷いた。「容疑者である田所は、桧山の差し金によって殺されてしまった。桧山もそれによって死んでしまった。被害者と加害者、この場合どっちでもありますが、いずれにせよ事件の関係者は死んでしまって、もういない。仮に犯行が能力となれば、物証すらない」

「あるのは状況証拠だけか……」

 そのとき、ユニスが震えた。悪寒に襲われたかのように小刻みに震え、それを抑えようと自分を抱くように左右の二の腕を掴んだ。

「どうした?」急なことに諏訪も戸惑いの声を出した。

「いえ。ただ、急に怖くなりまして」

「怖い?」

「もし私が、偶然桧山と出会って少しでも触れたら、その瞬間に彼は死んでしまうんだって思いまして。もしかしたら世の中には、同じような人がいるのかもしれない。でもそれは人を殺すためではなく、生かせるために使われているのかもしれない。ペースメーカーのように。私はそれを、私の能力で停止させてしまう。私は人殺しになってしまう。そう考えたときに、急に自分の能力が怖くなったんです。いままでこんなこと考えたこともなかった、この能力で人を殺めてしまう危険性があるなんて」

 諏訪はしばらく黙っていたが、ふいにユニスの頭に手をのせた。その手はユニスの頭を優しく撫でた。不思議と、彼女を襲っていた震えが落ち着いた。

「考え過ぎだ。そんな偶然は起きない」

「諏訪さん……」

 実際には、どんなに低くても可能性はある。しかしそれを考え出しては到底、まともには生きていけない。だからそんな偶然は起こらないと、頭から可能性を否定することで不安を取り除こうとしてくれた、そんな諏訪の優しさをユニスは感じたのだった。

「さっそく、お前の推理を課長に報告しよう」と諏訪は言った。

「しかし証拠はなにもありません。それで報告したところで――」

「可能性は充分にある。それに、証拠がないのなら探せばいい。それがおれたちの仕事だ」

「――そうですね」

 ユニスはさっそく課長に連絡を取り、いまの推理を報告した。同時に、グループ通話で聞いていたナオミとトバに、諏訪から田所の部屋に戻って、証拠はないか捜索するように伝えた。

 諏訪とユニスも、来た道を引き返し、再び桧山の自宅に戻り、証拠探しに奔走したのだった。

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