第8話
一課のほうで『ユカリ』という名前と、事件日が誕生日、両方に該当する人物の聴取が行われた。該当者は八人だけだったので、時間はかからなかった。しかしいずれも事件の関与を否定、証拠も見つからず、七人についてはアリバイが成立した。残すひとりは、すでに亡くなっていたため、捜査では初めから除外されていた。
その亡くなった女性と、被害者とのあいだに接点が判明したのは、逮捕された女の供述からだった。
被害者が食わせ者どころか、卑劣極まりない犯罪者であった、ということもまた、供述から明るみとなった。
被害者と容疑者二人は、これまでに多くの女性に乱暴を働いていた。そんな女性たちを誘う口実だったのが、毎月開くパーティだった。女性を誘うのは被害者の仕事で、初めこそ楽しいパーティも、やがて女性に薬を盛り意識を朦朧とさせると、三人で朝まで楽しむ。容疑者Bは弁解として、参加するのは本当は嫌だった、でも一度染めた犯罪から逃げる方法が思い浮かばず、だからパーティのときには酒を多量に飲み、意識を酩酊させるようにしていたのだという。それで少しだけ罪悪感を消していたと。
容疑者二人がパーティの具体的な目的を話さなかったのも、これで頷ける。後ろめたさがなければ、パーティでは毎回女性を呼ぶのが慣例だったと供述するはずだ。それができなかったために、却って自分たちの首を絞める運びとなったわけだ。
『ユカリ』という女性も、そんな彼らの被害者のひとりだった。
事件後、ふさぎ込むようになり、やがて精神が壊れて自殺した――その復讐に被害者を殺した、と女は供述した。
『ユカリ』と犯人は親友で、姉とすら慕っていた。そんな『ユカリ』が自殺して、その原因を知った女は、復讐に打って出た。
事件の全容はこうだ――
女が被害者の部屋を訪ねたのは八時頃。パーティ前には足を運んでいなかった。被害者に出迎えられた女は、被害者に少し遅れてリビングに入った。そして四人でのパーティが始まった。サプライズを用意したといって被害者が突然冷蔵庫から紙袋を取り出したのは、パーティが始まってほどなくしてからだった。中身は誕生日ケーキだった。『催し物』とは、やはり誕生祝いのことだったようだ。
女が犯行に及んだのは九時前のこと。容疑者Aは酒のつまみを求めてキッチンに、容疑者Bは酒に飲まれて苦しそうにトイレに向かい、ちょうど被害者とリビングで二人きりになったときだった。被害者のグラスに毒を混ぜた。それを飲んだ被害者は、とたんに苦しみだした。異変に気づいた容疑者Aが慌てて駆け寄ろうとするも、女がそれを制した。看護師の資格があると嘘をついて近寄らせなかったそうだ。そして、まもなく被害者は死んだ。死んだことを告げると容疑者Aは茫然自失となったそうな。女が記憶を消したのはそのときだった。背後から近寄り後頭部に触れる。次にトイレで蹲っていた容疑者Bにも。そして、事前に準備しておいた、パーティで使った食器類や、ケーキを食べる際に使った皿やフォークや包丁を詰め込んだバッグ、そしてケーキそのものが入った紙袋を持って部屋をあとにした。
――――
今回の犯行を思いついたのは、被害者と話をしたときだという。金回りのよさを自慢気に語りながらも腕時計を身に着けていないことに気づいた女がそれとなく訊ねると、腕時計には興味がないといったのだ。そればかりか部屋には時計まで置いていないという。携帯さえあれば十分だと。これを聞いた女は、自分の能力と鑑みて、今回の犯行を思いついた。
寝室の置き時計については、結局最後まで知らなかったという。
それにしても、なぜ被害者だけを殺したのか?
これについては『ユカリ』が常々恨み、憎んでいたのが被害者だったからだと女は供述した。それと容疑者二人を残すことで、現場には二人以外にだれもいなかったと証言させるためでもあった。あわよくば、容疑者二人が逮捕されればよかったが。しかし、今回それが仇となった。
女もなぜ犯行が明るみになったのか謎だったらしい。なにせ現場には一切証拠を残していなかったのだから。被害者にも偽名を名乗って自分に繋がる手がかりを一切遮断している。
ただ、それにしては、『ユカリ』と名乗り、誕生日も本当の『ユカリ』の誕生日を言っていたのは不可解だったが、それについて女は、それらを名乗ることで『ユカリ』のことを匂わせ、被害者の反応を見たかったのだという。しかし被害者は『ユカリ』の名前も、誕生日のことについても、なんの反応も示さなかったという。女の殺人への決意はそれで固まった。
ケーキが運ばれてきたときには正直面食らったらしい。そんなものを用意されているとは思ってもいなかったし、証拠を残さないためにパーティで使ったものは尽く持ち帰ることにしていた女としては、余計な荷物が増えて、むしろ腹立たしかった。
そしてそれを持って帰る際に、人目を避けたつもりで階段を使ったら、そこでもまさか住人とすれ違う羽目となり、こうも計画と現実とが乖離するものだと痛感させられたという。
ところで、携帯の履歴について、被害者の部屋から押収された携帯には犯人である『ユカリ』の番号はなかった。不審を抱いた一課が調べを進めていくと、のちに容疑者Aが渋々ながら供述した。それによれば、被害者には実はもう一台携帯を所持しており、そちらのほうこそが本命で、『ユカリ』を含めて、彼らが狙っている女性や、これまでに襲ってきた女性の番号がすべて登録されていた。容疑者Aはこれを見られることで自分たちの蛮行が警察に露呈されると危惧し、救急車を呼ぶ前にその携帯を処分していたという。ついでに、これまで暴行した女性の口を封じるために撮影したデータも、一切合切処分したということだった。
だが、たとえその携帯が残っていたとしても、やはり女に行き着くことはできなかっただろう。入念に計画していただけあって、被害者と連絡する際も、身元がばれないように違法携帯を使用していた。
イレギュラーなことが起こりながらも、結果的には、女はすべてにベストな対処を取ったといえる。
まさにユニスだけが誤算だったわけだ。
事件を担当した〈能力者〉が、能力を無効にする〈能力者〉だと聞かされた女は、小さく笑った。そして、「だったらあの二人も殺しておけばよかった」と悔しがったらしい。
「――つまるところ、最初からユニスが容疑者の二人と、文字通り接触していればこの事件は解決していたってわけね」
ナオミはそうこの事件を締めくくった。
「加害者にも同情しますね」
事件の全貌を知ったユニスは、そう呟いた。
「まあね。でもこれで少しはわかったんじゃない」と雨宮は言う。「優しいからってほいほい男に付いていっちゃ駄目だよ、ユニスちゃん」
「肝に銘じます」
ともあれ、事件は解決した。
ユニスの株はもちろんのこと、彼女を四課に招いた上層部としても満足の結果に喜んでいると、後日課長から耳打ちされたユニスだった。
だがユニス自身も、喜んでいるばかりではなかった。
〈能力者〉が殺人事件を起こしたという事実は変わらないのだ。
短い期間に二件も起きた〈能力者〉の殺人事件が起きたのだ。世間からの風当たりは厳しい。とくに〈能力者〉排除を謳う団体にとっては、それ見たことかと気焔を吐かせる動機を与えて、一段と活動を活発化している。もしまた〈能力者〉の凶悪犯罪が起これば、これまで無関心だった人々にまで〈能力者〉への偏見が生まれるかもしれない。
「……不安か?」
浮かない顔をしていたユニスに諏訪が声をかけた。まるで心の内を覗かれたような彼の言葉にユニスは驚いた。
「どうして〈能力者〉はこうも虐げられなければならないのでしょうか」
「それは、お前たちが脅威だからだ」
「脅威」
「それでいて弱いからだ」
「弱い」
「脅威であるから恐れられ、しかし弱いからそれに託けて虐げる」
「彼らは私たちを虐げでどうするんです?」
「どうもしない。ただ楽しいんだ。それで日頃の不満を少しでも解消できるんだ」
「それだけのために私たちは……私たちはどうすればいいのですか」
「抗うしかない。そのためには団結することが必要だ」
「諏訪さんは、〈能力者〉が嫌いですか」
「……嫌いだ」と諏訪は言った。「罪を犯す〈能力者〉はな」
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