第6話
「それでは聞かせていただきましょうか、ユニス嬢の華麗なる推理を」
急遽四課に戻るように連絡を受けたトバが、椅子に坐るなり、そう促した。
「そういう言い方は、ちょっと皮肉交じりで嫌いです」
「まあまあ、あいつはあとで私から叱っておくから」と雨宮が諌めた。「それで、犯人はだれなの?」
「犯人がだれなのか、それはまだ、私にもわかりません」
「は、どういうことだ」トバが吠えた。「犯人がわかったから戻れって言われたんだぞ」
「犯人は、まだ、わかりません。でも必ずわかります」
「必ずなんだな」諏訪が念を押すように聞いた。
「必ず、です」
ユニスの自信のこもった言葉に、四課の面々は納得するように沈黙で応えた。
「では、どうして犯人がわかるんだね、ユニスくん」
課長の言葉に、ユニスは頷いた。
「簡単な話です、犯人の能力がわかったからです――今回の事件においてもっとも不可解な点はなんだったでしょうか? それは容疑者Aの供述ではないでしょうか――振り返ったら被害者が死んでいた、このくだりです。……でも、今回の事件でもっとも不可解な点はそこではありませんでした」
「じゃあ、いったいなんなの?」とナオミが訊ねる。
「今回の事件でもっとも不可解だったのは、未だ名乗り出てこない三人の参考人です」
「三人の参考人?」トバが難しい顔をする。
「そうです。ひとりはあの部屋を訪ねた〈能力者〉。続いて、事件当日チャイムを鳴らして訪ねた訪問者。そして『ユカリ』という誕生日ケーキをもらった人物。この三人です。ちなみに聞きますが、このうちのだれか名乗り出た人はいるでしょうか?」
四課の面々の視線が雨宮へと向く。
「いえ、まだだれも」
「そうですか」
「その三人が犯人だというのか?」
訊ねたのは諏訪だった。
「はい。ただ正確にいうと三人というわけではないのですが」
「どういうことだ?」
「えっと……はじめに忠告しますと、いまからお話しすることはあくまで私の憶測に過ぎません」
「つまり、証拠がない、ということか?」諏訪が言う。
「そうです」
「それじゃあ話にならないね」トバがため息をついた。
「でも、聞いてみる価値はあるんじゃないの?」ナオミが言った。「話して、あなたの推理を」
「それでは……私はこの三人の参考人に対してあるときから不審を抱きました。というのは、三人が三人ともまるで示し合わせたように存在証明しようとしないからです。もちろん警察に厄介になるのがごめんだという理由で、敢えて名乗り出ないことも珍しくはありません。それでもやはり、三人ともというのがいささか疑問でした。せめて、一人くらい名乗り出てもいいのではないか。となると、名乗り出ないのは事件に関与しているせいではないか。つまりこの三人が事件に関与、それこそ被害者を殺した犯人だからではないか。しかしこの事件に三人もの参考人がどのように関与したというのか。〈能力者〉ひとりいれば十分なのではないか。そんなことをつらつらと考えていたとき、私はふと思いついたんです。もしかしたらこの三人は、もしかしたら三人ではないのかも」
「三人じゃない?」雨宮が首をひねる。
「そうです。この三人はそれぞれ別々の人物ではなく、実は同じたったひとりの人物なのではないか」
「そんな馬鹿な」トバが呆れたように言った。「証拠でもあるのか」
「ですから、はじめにも言ったとおりこれはあくまで私の憶測です。ですが……この憶測のもと推理を推し進めていったとき、私はひとつの能力に行き着いたんです。そして、その〈能力者〉なら今回の事件も実行可能だと、私は思うんです。
では、ここから三人が同一人物である、という前提のもとで私の推理を聞いてください。よろしいですね?」
反論は、だれからもなかった。それを見てユニスは一度深呼吸した。
「ではあの部屋を訪ねた〈能力者〉について考えてみましょう。〈能力者〉の存在は反応が示したことにより、間違いなく現場に一度は足を踏み入れたことが証明されます。これは可能性ではなく、確定事項です。紛れもない事実。ところが、現場にはその存在を示す証拠はなく、容疑者二人も部屋にいたという供述もありません。これはいったいなにを意味するのか」
「そんなの簡単だ」答えたのはトバだった。「証拠はともかく、容疑者二人が目撃していないっていうんなら、〈能力者〉はパーティが始まる前にガイシャの部屋を訪ねた」
「そのとおり。たとえば能力で姿を消して、実はずっと部屋に潜んでいた、なんてこともありえない話ではありませんが、これについてはすでにその手の〈能力者〉の潔白が立証されていますのでありえません。となれば、パーティの始まる前にガイシャの部屋を訪ねた。これなら容疑者二人が見なかったとしても不思議はない。
そしてこの〈能力者〉はその後、容疑者Aの供述によれば午後九時頃、チャイムを鳴らして再びガイシャの部屋を訪ねた」
「ユニスの前提で話をするならね」とナオミが注釈を挟む。「でもその〈能力者〉はどうしてまたガイシャの部屋を訪ねたのかしら?」
「パーティに参加するためです」
「パーティに参加だあ?」頭の後ろに手を回していたトバが、飛び上がらんばかりに叫んだ。「なにを馬鹿なことを――」
「そう思う根拠はなに、ユニスちゃん」雨宮がトバをの声を遮って、聞いた。
「ケーキです。事件当日にガイシャ自身が買ったケーキ、その行方はいまも掴めていません。現場になかった以上、買ってから部屋に戻るまでの一時間半、このあいだにだれかに渡したとしか考えられない。そしてその相手は、『ユカリ』という人物……」
「ガイシャが家に戻るまでのあいだに一人で全部食っちまったのかもしれないぜ」
トバが笑いながら言った。ユニスもそれを聞いて笑った。
「ああ、なるほど。そういうことも考えられますね。しかし、それなら食べ終えたケーキのゴミはどこにあるんでしょうか? 道に捨てた? それなら痕跡が残っているはず。そもそもなぜガイシャはそんなことをしたのか。無論、理由なんて突き詰めればなんだっていえますが。どうです、その可能性について模索してみますか?」
「いや、やめよう。先を続けてくれ」
「ではお言葉に甘えて――ところで、ケーキを買った日は、奇しくもガイシャの部屋ではパーティが開かれていました。なんだか妙な巡り合わせとは思いませんか。しかも料理を手配し、ケーキを注文したのも、同じ一週間前。まるでこの日のために用意したかのような。そういえば、容疑者二人がパーティの最中、ガイシャから意味深なことを聞いたと供述していますね」
「『催し物』」雨宮が言った。
「そう、『催し物』があると。この『催し物』とはいったいなんのことだったのでしょうか? パーティの日にケーキを用意した。しかもケーキはただのケーキではなく、誕生日ケーキだった。ガイシャはだれかの誕生日を祝うつもりだったのではないでしょうか。そして『催し物』。このふたつを結びつけると、導き出せるのは、パーティで誕生日のお祝いするつもりだったと考えるのが自然ではないでしょうか。つまり、あのパーティの席上で、ガイシャは誕生祝いを催す計画をしていた。これはガイシャ一人が密かに計画していたサプライズだったのでしょう。でなけば、容疑者二人に、『催し物』だなんて回りくどい言い方をするはずがない。そのサプライズの相手が『ユカリ』という人物だった。要するに、あの日、あのパーティには『ユカリ』という人物が招待されていたということです。ではいつ訪ねたのか、そう、それこそがあのチャイムを鳴らしてやってきたときなのです。そしてそれが〈能力者〉だった。
ケーキの行方もこれでわかります。つまり、ケーキはだれかに渡したのではなく、あの日のパーティで『ユカリ』を含めた四人でおいしく食べてしまったんです」
「ちょ、ちょっと待ってユニス」ナオミが慌てて話を遮った。「どういうこと、もう話がめちゃくちゃでなにがなんだかわからないわ。ガイシャの部屋で誕生祝いが催されたっていうの」
「そうです」
「そうですって。その証拠はあるの?」
「ケーキです」
「それだけ?」
「それだけです。でも可能性としてはありえないとも言えないんじゃないんですか?」
「可能性としても、それはありえないわ」
「なぜです?」
「仮に三人が同一人物で、あの日パーティに参加していたとして、チャイムが鳴ったのは九時なのよ。つまり、『ユカリ』は九時にやって来た。そこからパーティに参加して誕生日を祝われる余裕なんてない。だってガイシャはチャイムが鳴った直後に亡くなったのだから」
「九時だと証言しているのは容疑者Aです。もしかしたらもう少し時間が早かったのかもしれない」
「百歩、いいや、一万歩でもいくらでも譲ってあげるわ。だけどね、そうだとしてもありえない」
「いったいなにがありえないんです?」
「だってそうでしょ」
「だからなぜです?」
「だから! 『ユカリ』って人物が仮にもパーティに参加していたっていうのなら、どうして容疑者二人はそれを供述しないの? 供述すれば、あのときパーティに第三者が参加していたってことになって、容疑は晴れ、事件だって難なく解決するはずじゃない」
――ユニスがパチンと指を鳴らした。
「そこです。そこなんです、ナオミさん。まさしく私もその疑問にぶつかったんです。どうして二人の容疑者はそれを供述しないのか? だから私は、自分のこの推理は破綻していると思いました。でももう少しその部分を掘り下げれば、この事件の謎――〈能力者〉の能力を解き明かすことができるんです。
……私がいま話した推理は荒唐無稽です。馬鹿らしいと言って一蹴してしまえばそれまでです。なにひとつ確証も、証拠もないんですから。しかし、この荒唐無稽な話を、敢えて真剣に、真実だと仮定して、それを可能せしめる能力があるとするのならそれはいったいなんなのか。わかりますか?」
四課の面々は考えるように黙り込んだ。しかしだれからも答えは上がらなかった。
課長が代表して白旗を掲げた。
「説明してもらえるか」
「パーティに参加し、誕生日も祝われ、ケーキも食べたに違いない。にもかかわらず、容疑者二人はそのことを供述しない。なぜなのか。考えられるのはひとつ。供述しないんじゃない、できないからです。なぜできないのか――
二人はその参加者のことを忘れてしまったからです」
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