不可思議な死と、三人の参考人
第1話
十月某日、殺人事件発生。
被害者****、年齢二十六、レストラン経営。オーナー兼シェフ。
現場は被害者の自宅マンション四階。第一発見者、及び通報者は容疑者A。午後九時八分、電話にて消防に通報。七分後、救急隊到着。被害者の死亡確認。救急隊から警察へ通報。八分後、午後九時二九分、警察到着。検屍、及び解剖の結果、遺体から毒物反応検知。死亡推定時刻は午後九時頃。
容疑者A・容疑者Bの供述調書(聴取File17)。以下はその一部抜粋――事件当夜――になる。
▶容疑者Aの供述
僕が彼(被害者)のマンションに着いたのは、パーティの始まる十分くらい前だったかな、そうです六時五十分頃だったと思います。腕時計を持ってないです。携帯しか持ってませんでしたから。もちろん午後ですよ。
……なにも、なにも持っていってはいません、手ぶらです、携帯以外には。パーティの用意は全部彼がしてくれていますから。
彼が出迎えてくれました。パーティの用意はリビングに。豪勢な料理がありました。チキンにパスタ、フルーツ盛り……ええ、すでにあいつ(容疑者B)はいました。料理の前に陣取っていました。三人が揃いました。それであいつが始めようと促したので、パーティが始まりました。
お酒は、結構飲んだ気がします。シャンパンが用意してありました。料理の横に、ほらよくあるバケツの、シャンパンクーラーですか? あれにシャンパンが二本。それから赤ワインが一本。
……パーティは滞りなく進みましたよ。べつに、いつもと変わらない、普通の、普通というと言い方が悪いですけど、楽しいパーティでしたよ。時間も忘れて、飲んで、食べて。ええ、料理も遠慮なく食べました。
そういえば、彼が言いました。『今日はちょっとした催し物がある』って。パーティが始まってすぐです。そんな細かい時間まで覚えてませんよ。時計? 時計はないんです、あの家には。携帯があるから十分だって彼が言ってました。テレビもないでしょ? そういうやつなんです。唯一、彼の部屋に置き時計があるくらいですよ。一時間おきに鐘が鳴るやつです。結局、彼の言った『催し物』というのはわかりませんでしたが――
チャイムは、一度だけ鳴りました。彼が玄関に向かいました。何時? さてね。でも彼の寝室から鐘の音が聞こえたから、たぶん九時ぐらいじゃなかったのか? そうでないと、ほら――その直後に彼は死んでしまったから。
玄関から彼が帰ってきました。いや、なにも持ってませんでした。訪問者? さあ、だれだったのかわかりません。私はリビングのほうを向いていたので。足音で彼が帰ってくるなとわかって、それで振り返ったんです。
それで――彼が僕の横を抜けてリビングに入っていって……僕がそれを目で追いかけて……彼がソファに坐って、そして……死んでいました。
そうです、彼は突然死んでいたんです!
もちろんすぐに死んでいるとは思わなかった。でも、変だというのはすぐにわかった。だって口の端に血の跡があって、顔色が悪く、ひどく苦しそうな顔をしていたから。だれが見たって異常だとわかるはずだ。
僕はすぐに駆け寄った――わけではなく、少し気が動転していたんでしょう、どうすればいいのかわからなかった。そしたらそこにあいつがやってきて、声をかけられたんです。それで我に返った感じで、そこから慌てて彼のもとに駆け寄りました。
息をしていませんでした。救急車を呼んだのは僕です。彼の家の電話を使って。最初はあいつに頼んだんですけど、あいつ酔っ払っててね。それで僕が……
なにも聞いてない。苦しむような声も、助けを求める声もなにも、なにも聞いちゃいないんだ。
信じてください。僕じゃありません。僕は毒なんて盛ってません。
▶容疑者Bの供述
……六時半頃です。パーティは七時からですけど、暇だったから、早く彼の家に行ったんです。もちろん手ぶらです。彼が全部用意するから。ええ、僕が着いたときにはもう料理が揃えてありました。
お酒は飲みました、どのくらいって……多分、かなりの量を。シャンパンが二本、ワインが用意されてたから、遠慮なく。パーティの開始とともに、シャンパングラスを一息に飲みました。
パーティは三人が揃った段階で始まりました。時間? さあ、覚えてないです。わからないんです、あの家時計がないから。でもそれがなんだっていうんですか? 七時より少し早かろうと、遅かろうと関係ないじゃないですか。
……なにかあったか? いえ、なにも。いつもと変わらないパーティでしたよ。あ、そういえば、いま思い出しました。パーティが始まってまもなく、彼が言いました、『今日は催し物がある』と。僕はなにも知りません。気にしもしませんでしたから。たしかに、『催し物がある』と聞いたときにはなんだろうって思いました。でも食べて飲んで喋ってたら、そんなこと忘れてしまいました。たったいま思い出したくらいですから。結局その『催し物』とかいうものも、わからずじまいでしたから。
――訪問者? どうだったかな。……チャイムが一度鳴ったような気がしますけど。そのとき僕、トイレに入ってたんです。だからはっきりチャイムを聞いたわけじゃないんです。ええ、酷く酔っていました。トイレに入るときははっきりと覚えているんですけど、出るときには酔いが回ったみたいで、頭がぼんやりして。気づいたらトイレのドアを開けたまま、便器を目の前に蹲っていました。それで起き上がってトイレを出ると――鐘の音が聞こました。彼の寝室に置き時計があるから、その音でしょうね、きっと。
リビングのほうを見ると、あいつ(容疑者A)が突っ立っていたんです。なにやってるんだろうと思って声をかけようとしたら、あいつの肩越しに彼の死体が見えたんです。そうです、ソファに坐って。
死んでいるとは思わなかった。いや、おかしいというのは見てすぐにわかりましたよ。でも死んでいるとは……
あいつに声をかけて、それで二人で彼に駆け寄りました。
……電話? ああ、僕がしたと思います。でも酷く酔っ払っていたから、うまく電話をかけられなくて、それであいつが代わりに――
なにも聞いてません。彼の苦しむ声も、怒鳴り声や、争う音もなにも。
――そういえば、彼の死体を見つけたときに匂いを嗅いだ気がしたんです。あれは、えっと、ペパーミントだったかな……
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