第8話

 村上両は逮捕後、駆けつけた保安局によって薬物を投与され能力を封じられてから、四課ではなく専用の留置所に移送された。そして二日後、検察により起訴された。

 村上の能力で心臓だけを転移することができるのかについては、ユニスたちに放った発言からでも推察できるが、それ以上に彼の部屋の洗面台で発見された被害者の心臓がなによりの証拠となり、また犯行の物的証拠となった。

 ところで、実は、被害者が残したメッセージにも証拠が残されていたことが、逮捕翌日に判明したのだった。

 被害者である西荻は亡くなる直前、自宅に電話をかけていた。彼は独り身なので、当然電話は留守番へと切り替わる。そこに犯行の一部始終が録音されていたのである。被害者の声で、「村上両」と呼ぶ音声が残されていたのだ。

 被害者はときおり自宅に向けてだれも取らないと知りながらも電話をかけては、留守番電話にその日一日の出来事を吹き込むことをしていた。というのも、留守番電話に切り替わる際、亡くなった妻の声が聞けるからだった。さしずめ被害者は、その妻に向けて、その日の出来事を語り聞かせていたに違いない。

 つまり、ユニスが犯人に行き当たらなくても、翌日にはこの証拠から村上が容疑者として浮上し、逮捕に至るのは必然だったということだ。彼女の功績は、逮捕を一日早くさせたというだけだった。

 それでも、新人が、配属初日に、十数時間で事件を解決させた事実には変わりはない。捜査四課の期待の新人として配属させた警視庁としても、まさに期待通りの働きに鼻高々だったことだろう。

 もっとも、ユニスにはとくべつに褒賞が与えられるわけでもなく、むしろキーコードのデータを盗み見たことへの始末書を書く羽目になっただけだった。

「ま、これが現実だから。そうそう、食事奢ってもらう件、忘れないでよ」

 始末書を書くそばで、雨宮はそう釘を差した。

 事件解決後、捜査四課に戻った――というより初登庁――したとき、ユニスは初めて雨宮との対面を果たした。雨宮は二つ歳上の十九歳、ピンクのマニキュアに、マスカラをたっぷり塗って大きくした目と、明るい髪が特徴の女性だった。

 そんな雨宮は、捜査四課の情報を一手に引き受ける、ユニスと勝るとも劣らない優秀な刑事だった。

 今回の一件で、ユニスはそんな雨宮を含めて、捜査四課の面々から認められるようになった――諏訪を除いては。

 事件後も諏訪の態度にとくべつな変化は見られなかった。相変わらずユニスを遠ざけ、ときには嫌悪の情を浮かべた。

 そんな彼に、ユニスは敢えて挑む姿勢をとった。(私は逃げない)

 ユニスの刑事人生は始まったばかり。

 コートのポケットに忍ばせたペパーミントガムを噛みながら、ユニスは今日もまた仕事に出かける。

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