第6話

 諏訪の車はカフェの前で停まった。腹が減ったらしい。さっき食べたばかりなのに。仕方なくユニスはココアを注文し、コーヒーとカツサンドを食べている諏訪の隣には、もちろん坐らず、道路に面したガラス張りのカウンター席に腰を下ろした。

 ココアを飲みながら、ユニスは課長から送られてきた報告書に目を通した。さっそく所轄の刑事が芳賀のアリバイを調べ、どうやら裏付けが取れたそうだった。これで芳賀はシロと決まったわけだ。

 ユニスは勝ち誇った気分になり、こっそり諏訪を盗み見たが、とくに気にする様子のない彼の姿に、むしろ彼女のほうが恥ずかしくなったのだった。

(シロになったということは私たちの捜査は振り出しに戻ったということじゃないか)

 こうなってくると、俄然期待が寄せられるのはトバとナオミ、それから所轄に回した変化能力者の捜査報告だった。

 だが、トバとナオミからの報告は、芳しくないものだった。いずれも容疑を否認したうえで、アリバイもしっかり主張している。裏付けはまだ済んでいないぶん、まだ望みはあるものの、暗雲を感じる。

 一方、所轄から挙がってきた報告は、そうもいかないようだった。

 案の定、午後になって挙がってきた変化能力者の報告は、いずれも容疑を否認したうえで、アリバイも主張。そのアリバイまでもがすでに裏付けまで済んでおり、シロだと判明していたのだった。

 これにより、現場は正真正銘の、密室だったということになったわけだ。

 ――密室。

 この事件の肝要は、やはりここにあるのとユニスは思えて仕方なかった。

 密室を作るには、やはり鍵を複製したからか。正規の業者に複製の事実がない以上、違法業者や個人で鍵を複製したということになる。念の為、マスターキーの複製についても調べたが、そちらも認められなかった。ついでにいうと、被害者はここ一ヶ月仕事でアパートに缶詰状態だった。となれば、尚更鍵を奪うのは大変で、あるいはそれ以前に盗んだということになり、だとするとこの事件は相当以前から計画されていたということになる。

 だが、そうまでして練られた計画にもかかわらず、では犯人は密室にしたことでいったいどんな利益を得たのかというと、まるでないのだ。そう、この密室には、いまのところまるで価値がない。

 理屈に合わない密室。

 理屈――

 ユニスは頭を振った。(理屈で考えちゃだめだ。自分の理屈が、犯人の理屈に沿うとはかぎらないんだから)

 しかし、そのやり方では、可能性をただ無駄に広げるだけになってしまう。

 理屈に合った可能性をまずは考えるべきではないのか。

 そう――犯人にとってこの密室は至極理屈に合ったものだった。一見なんの意味もない密室だけれども、犯人には、犯人だけには意味があった。

(…………だめだ、わかんない)

 ユニスはテーブルに突っ伏した。コップを頬に押し当て、ココアのぬくもりを感じながら、窓外をぼんやりと眺めた。そのとき、通話が入った。四課からだった。雨宮さんかな。回線を繋げると、案の定、彼女からだった。

「どうしましたか。なにか新情報でもありましたか?」

「いんや、べつに。ユニスちゃんの捜査はどうなってるかなって思って。どう? 捗ってる?」

「当然、行き詰まってますよ」

「だよね。でもまだ捜査は始まったばかりだから。焦ることなんてなにもないよ。そのうち犯人の目星もついてくるから」

「だといいんですけど。――あの、ところで雨宮さん、ひとつ伺いたいことがあるんですが」

「なにかな? なんでも聞いてよ」

「諏訪さんのことなんですけど」

「彼がなにか?」

「あの人、〈能力者〉のことを毛嫌いしているみたいなんですけど、やっぱりそういう思想の人なんですか?」

「諏訪さんね。あの人は、そういう思想の人じゃないんと思うよ。それでも〈能力者〉のことはあまり好きじゃないみたいね」

「なにか理由でもあるんでしょうか?」

「どうかな、私も詳しくは知らないの」

「そうですか……」

 世間話もそこそこに、仕事に戻ろうとする雨宮に、ユニスはひとつ問いかけした。

「雨宮さん、密室ってどうやって作れるんでしょうか?」

「密室?」

「はい。どうやったら作れると思います?」

「そんなこと聞かれてもね。ミステリ小説なら色々と密室はあるけど」

「例えばどんなものです?」ユニスは興味を覚えた。

「例えば、まあ、よくあるのは殺された被害者が鍵をかけたってやつかな。犯人からの追撃を恐れて自分から部屋に鍵をかけて立て籠もったものの、そのまま亡くなり、結果密室になった」

(被害者が……)ユニスはその可能性を考えてみた。今回の被害者は手足に手錠をかけられていた。その可能性はないだろう。

「ほかには?」

「ほかにはね。実は犯人は部屋に残っていたとか、あるいは部屋の外から殺したとか――」

 考慮したが、いずれも今回の事件の参考には至らなかった。

「ほかにはありませんか?」

「そう聞かれてもね……。あ、こういうのもあったかな。方法とは違うんだけど、犯人にとっては想定外の密室だったというケース」

「想定外?」

「犯人は密室にするつもりはなかった。ところが、偶然が重なって思いがけず密室になっちゃったってやつ。そのせいで犯人がわかったり、実は殺されたんじゃなくて自殺だったってわかったり」

(密室を作るつもりはなかった……たまたま偶然そうなった)

「――ごめんユニスちゃん、通信入ったから切るね。捜査頑張ってね、応援してるよ」

 雨宮はそう言って通話回線を切った。しかしユニスはそれにも気づかずに、考えにふけっていた。

 ある考えが閃いたのは、その直後だった。

「雨宮さん!」ユニスは声をかけた。

 回線が切れていたので返事はなかった。ユニスは急いで雨宮に繋ぎ直した。

「雨宮さん! ちょっといいですか」

「どうしたのユニスちゃん」

「いますぐ調べてほしいことがあるんです」

「それって事件に関係すること?」

「もちろんです。犯人についてです――」

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