第31話 二通の手紙


 昼間はローレンスの手伝いを、夜はアルロー姉弟と穴掘りを。空いた時間はアランと散策やお茶会を。

 それが春子のルーティンとなって早一週間。そのルーティンが崩れたのはアランの元に突如、送られてきた二通の手紙からだった。





「これは朗報と凶報だな」


 アランは指に挟んだ二通の手紙をローレンスに見えるように掲げた。封蝋印は王家と他の辺境伯からだ。

 王家の封蝋印をみたローレンスはあからさまに顔を顰めた。


「馬鹿王子からですか?」

「いや、違う。それよりも重要度は高い。朗報と凶報、どっちを聞きたい?」

「では凶報から」


 即答だった。気持ちはよく分かる。アランは手紙に目を落としながら簡潔に答えた。


「フローベール領の外壁が破られたそうだ」


 フローベール家はヴィルドール王国を魔獣から護る一族の一つであり、最西端の守護を任されている。その武力は四家の中でも群を抜いており、また今代当主の意向で領民は幼い頃から鍛錬を積んでいるため個々としても強い。

 そんなフローベール家が守護を任された土地で魔獣により被害が出たのは五十年ぶりだ。外壁の点検は欠かさず行っているはず。それを破ったということは大型魔獣がでたか、または鬼神が出たか。


「フローベール領は今、魔獣の動きは活発ではないはずですが」

「先日、ロロット領に出現した魔獣と特徴が一致した。逃げた先がフローベール領で、あそこも今は刈りいれ時だからな。人手不足で気付くのが遅れたようだ。そのせいで多くの死傷者がでた」

「魔獣は」

「討つことはできなかったが追い返すことはできたと記されている。それで、本題がその破られた外壁が治るまで俺に守護を任せたいんだと」

「……期限は」

「一ヶ月。長くて三ヶ月。多くの兵士や領民が犠牲になったから立て直せるまで俺はいることになるだろう。ちなみにだが、父からの命令でもある」

「……王は本当にぼんくらでいらっしゃる」

「言ってやるな。あの方がぼんくらなのは今に始まったことじゃない」

「そんな長い間、姫を一人にしろと? 惚れさせる目的はどうするのでしょうか。鬼無の使節団はもうじき訪れるというのに」

「無くなったらしい。あ、これが朗報な」

「使節団が? なぜ」

「知らん。父も困惑しているようだ。向こうから突如、日にちの変更を申し出されたらしい」


 半年に一度、交流を予定していた使節団の入国がなくなるのならアラン達も嬉しい申し出だ。


「朗報と受け取っていいのかは分からないが、残り三ヶ月で姫を俺に惚れさせるのは正直言って自信はなかったし、ありがたいな」


 からから笑うアランを、ローレンスは信じられないという目で見つめた。言っていることは分かる。ローレンスもアランが姫を惚れさせるのは難しいと考えていた。容貌も性格も異性を惹きつけるには最高と言っていいが根っからの仕事人間。母親の件もあり、異性との接し方は慎重になりすぎてしまう。

 相手がヴィルドールの女性ならとうの昔に惚れているが、姫は鬼無人。美に関する意識は異なるようでアランを前にしても恥じらうことは恥じらうが、異性として好意を持っているかは微妙なところだ。


「笑い事ではありませんよ。猶予が伸びたとしてもアラン様が姫を落とすのは決定事項なんですから」

「その猶予が伸びた理由が知りたいな」

「戦争の準備とか?」


 戦争を始めるとしたら武器に食料、戦略など、考え準備する期間が長く必要だ。長年、どこの国とも戦争をしたことがない鬼無国は準備に時間がかかるのではないだろうか、とローレンスが憶測を口にするとアランはぽかんと口を大きく開けた。


「……想像豊かだな」

「マイナスにもなりますよ。あの馬鹿が姫に対しての振る舞いを知れば!」


 ついに敬称も省かれたのか、とアランは思いつつ「落ち着け」と窘めた。


「父が鬼無王――いや、卯野将軍との手紙を送ってくれたが」


 春子から鬼無王という存在はいないことは聞いている。正しくは帝と呼ばれるのだが、彼はのため統治には一切関わらないらしい。彼の代わりに十二人の将軍が鬼無国の行く末を決めていた。


「将軍どのは姫がシヴィル領で養生中なことを信じているようで、滋養にいい食料や衣服を送ってくれているそうだ」


 なんでも鬼無国からは頻繁に物資が届いているようで、日持ちする食材や高価な衣装や装飾品。壺や掛け軸なども届けられた。 

 鬼無国の品々は世界的にも価値があるため、いくつかはジェラルドが勝手に売り払ってしまったそうだが、残ったいくつかは近々送られてくる予定だ。


「それならば一体なぜでしょうか」

「姫が言っていた〝関与しない〟ということか。まあ、今はフローベール領のことを第一に考えよう」

「そうですね。姫には私から伝えましょうか?」

「いいや、俺から伝えるよ。この後、一緒に散歩する約束していたし」


 それは初耳だ。ローレンスは一転して真面目な顔をするとアランの手から手紙をぶんどった。


「これお借りします。道具や人員の手配は全て私がするので、アラン様は一秒でも早くその仕事を終わらせて姫の元へ行ってください」


 約束の時間までまだまだたっぷりと時間はあるが、ローレンスの鬼気迫る勢いにアランは「え、ああ、はい」と気の抜けた返事を返すのだった。

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