第30話 得意不得意


 机にはシヴィル領の地図といくつもの測定器が拡散している。それらを操り、距離を換算したマルセルは黒色の石板に白墨はくぼくで数字を書き殴りながら口を開いた。


「春子ちゃんが手伝ってくれたおかげで穴掘り、すごくはかどっているよ」


 その後ろからマルセルの手の動きを観察していた春子は肩を持ち上げる。


「私はこれしかできませんから。マルセル達のような知恵はないので」


 アルロー姉弟の両親は地理学者と数学者として名を馳せた人物で、防壁の拡張計画のため、地層と距離を調べるために派遣されたが魔獣によって連れ攫われてしまった。

 彼らが残した書物は子供達に知恵を与えた。地下通路を作る際に適した地層、通路が崩れない深さ。空気穴を開ける場所との距離や防壁の向こうへの換算したり。

 二人の役割を聞いた時、自分には無理だと春子は感服した。


「そんなことないよ。完成するまで一年はかかるって思っていたんだ。春子ちゃんが加わってくれたおかげで二ヶ月あれば完成する予定だし、これはすごいことだよ」

「それなら穴掘りしてもっと協力したいのですけど、リュシルが駄目って……」

「まあ、あれだけの地震が起こったからね。大丈夫だと思うけど地層を調べ直して、このまま進めても問題ないか確認しないと。地理学はねえちゃん担当だし」

「あれほど脆いなんて思わなくて……」

「脆い、脆いか……。やっぱり、鬼無人って力強いんだね」

「どうかしら。ああ、でも確かに力は強いかもです。鬼無から届いた荷物を運んでいるとアラン様が持つのを変わって下さるんですけど、重かったようでローレンス様を呼んで二人で運んでくださったことがあります」

「へえ、……ちなみに何キロぐらい?」

「七十キロほどでしょうか」

「……そっか」


 マルセルは石板を置くとおそるおそる振り向く。


「あのさ、もしかしてなんだけど」

「ええ、どうかしました?」

「魔獣、倒せたりする?」


 うーん、と春子は首を捻る。先祖は魔獣一匹程度なら一人で、魔神相手は十人で戦い、勝利を納たというが自分がそれをできるとは思えない。男女の性差、自分の経験値からかんがみれば、足止め程度ならできるが討ち取ることは難しいと思う。


「戦ったことはないので分からないです」

「それもそっか。鬼無って魔獣いないもんね」


 あっ、とマルセルは思い出したように首を捻る。


「春子ちゃんの目的ってなに?」

「あたしも聞きたいわ」


 顔を泥だらけにしたリュシルが扉から顔を覗かせる。


「ねえちゃん、おつかれさま」

「ん。とりあえず、このまま掘り進めても問題ないわ。この先は少し柔らかいから馬鹿力で掘ると崩れるから注意してね」

「……頑張ります」

「それで、あんたの目的ってなに? 魔獣に興味があるからって辺境伯様に内緒で夜抜け出すなんてしないでしょ。本当の目的は?」


 春子は腕を組んで考える。


「そうですね……。簡潔に短くと詳しいけど長く、どっちがいいですか?」


「簡潔」とリュシルが、「詳しく」とマルセルが同時に答えた。

 二人は顔を見合わせて睨み合う。気が弱いマルセルがどうみても劣勢だ。


「簡潔一択。長い話、嫌いなのよね」


 リュシルが目を細めて凄めば、マルセルが顔を逸らした。


「では、簡潔に。魔獣って元々、人間だった疑惑がありまして、それが本当なのかと調べたいのです」

「昔はそう言われていたけど、今じゃ違うはずよ。奴らは食べた生物を模倣もほうするって調査結果がでているもの」

「ええ、鬼無の力を借りたい使節の方がそうおっしゃっていましたね。けれど、その言葉を私達は信じることはできません」

「なぜ?」

「鬼無に魔神を討ち取って欲しいとついた嘘かもしれませんから。鬼無はもう全て討ち取った後でしたから調べることができませんし、なので私が調べようかなって」

「調べたらどうすんのよ?」

「そこまでは考えていません。……鬼無に報告はすると思いますが」

「春子ちゃんはそれで結婚の話に同意したの?」

「ええ、国を出るいい機会と思いまして。ちょうど、ヴィルドールの使節団が来ていたので話をまとめて父には事後報告しました」

「「そんな大切な話を事後報告?!」」

「だって、言ったら断られますもの。国同士の約束なら簡単に反故にできませんし」


 いい考えでしょ? と微笑めば、アルロー姉弟は揃って顔を覆う。


「行動力ありすぎでしょ」

「すごいけど、すごすぎて僕は真似できない」

「でも、私が行動した結果、こうやってお二人と会えたのですもの。後悔はありませんわ。……あら」


 春子は窓を向く。カーテンの隙間から光が差していた。


「もう朝。すぐ帰らなきゃ」

「夜しか来れないっていうのも不便だね。ずっとここにいれないの?」

「いたいけど無理ですね。アラン様達が心配しますもの」

「まあ、そっか。気をつけて帰りなよ」

「春子ちゃん、気をつけてね」


 アルロー姉弟に見送られ、春子は外套を纏うと家を飛び出した。朝日はゆっくりだが昇っていき、町は活気づいていく。できる限り人気がない道を選び、アランが待つ古城へと向かった。

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