第23話 夜のしじま


 カチカチと。からくり仕掛けの時計が針をすすめるその度に夜のしじまが深く、色濃くなる。春子は寝たふりをやめると極力、音を殺して寝台から立ち上がり、器用に壁を伝って、天井の縁にぶら下がった。猿のように縁を移動し、ある場所へと向かう。


「よいしょっと」


 天井裏に隠した身代わり人形を引っ張り出した。人形といっても素人が作った布を丸め込んだだけのただの塊だ。頭部には先日、ばっさり切り落とした髪を付け毛しているので、これを布団に入れて髪を整えるだけで遠目からは春子が寝ているように見えるはず。二人が紳士なことは把握済みだが念には念を入れた方がいいと思い制作した。

 人形を寝台に横たえ、肩部分まで布団をかける。乱れた髪を軽く整えると黒の外套に身を包み込んだ。


「さて、行きましょうか」


 軽やかに窓辺に飛び乗った春子は慣れた手付きで壁を這い、移動する。先日、移動しやすい箇所は確認していたので予想よりも短時間で古城を抜け出すことができた。


(アラン様は今夜もお仕事ですか。辺境伯というのは大変なお仕事ですのね)


 防壁へと続く道を駆けながら、背後に一瞥を投げる。闇のとばりに包まれた古城の一室――アランが仕事部屋にしている部屋のみ柔らかな明かりが漏れていた。ヴィルドール王国を魔獣から護るためとはいえ、働き詰めではないだろうか。

 をかけるのだから少しでも貢献したいが、二人は春子を働かせることを良しとしない。レオナール国王からキツく言いつけられているからだろう。

 国王の命令なら仕方ないのは分かる。だが、一人だけ仲間外れというのは正直言って寂しい。鬼無人である春子はこの国の常識に疎く、統治に関わることはできないが掃除や料理ぐらいならできるし、利用してくれればいいのに。


(これじゃただの穀潰しだわ)


 寂寞せきばくに心が支配される中、走り続けていると小さな悲鳴が闇夜を震わせ、春子の耳に届いた。

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