第22話 手紙の山
「どうだった?」
アランの問いかけにローレンスは、手紙の仕分けをする手を止めると考える素振りを見せた。いくつもの山を築くこの手紙達は、他の辺境伯達からの魔獣討伐及び被害報告が記されたものやアランへのお見合いやラブレターが大半を占めている。
重要なのは辺境伯達からの手紙だけなのでアランが目を通す前にローレンスが仕分けをするのが定例化していた。
「正直に申し上げますが」
ローレンスはアランの前に仕分けした手紙を置くと難しそうな顔をした。
「頑固です」
「それは聞いた」
すかさずアランはつっこんだ。
「何かあるだろう。なんで頑固一択なんだ」
姫が頑固者なのは理解している。アランが聞きたいのは自分が留守の間、どう過ごしていたかだ。
「軽めの掃除や家事をお願いしたら快く引き受けてくれました」
「手伝いしたがっていたからな」
ローレンスの報告に耳を傾けながらアランは手紙の封を開けて、中身を読む。やはり予想通り。今の時期、最も魔獣が活動する最北端のロロット家からの報告が多い。
「食堂の窓拭きをお願いしたんですけど、まさか天井付近も綺麗にするとは思いませんでした」
アランの持つ手紙がひしゃげた。
(……今、ローレンスはなんて言った?)
聞き間違えではなければ、天井付近の窓も綺麗にしたと言った。天井は脚立を使っても届かないため、数ヶ月に一度、業者を呼んで清掃してもらっている。姫は自分達より小柄だ。
いや、アラン達の身長があってもあの場所の清掃は不可能だ。
「えっと、ローレンス。天井っていうと俺達が肩車しても届かないと思うんだが」
「脚立に乗って肩車しても届きませんね」
ローレンスが遠い目をした気がする。
「ジャンプしたそうですよ」
「?!??? ……??」
「ジャンプして、窓枠を掴んで掃除したそうですよ」
「え、あの高さを……?」
ローレンスが遠い目をしたのは気の所為ではなかった。
「窓、全部綺麗になっていたから嘘ではないと思います」
「さすが鬼無人というべきか」
あのふくよかな体でよく身軽に動けるものだ。口には出さないがアランは関心する。
「私、下らへんの窓だけお願いしたつもりだったんですけどね……。あの高さから落ちていたらと思うとゾッとします」
「普通なら手の届く範囲だけにするだろう。いや、届くから掃除したのかな」
「打ち所悪かったら死んでしまいますって言ったらなんて言ったか分かります?」
「想像ができない」
「“え、死ぬんですか? この高さですし、最悪捻挫程度じゃ”ですって」
「捻挫程度か。あの高さで」
良くて捻挫程度の間違いだ。
アランは頭痛を覚えた。生まれ持った身体能力と常識から、姫はあの高さで大怪我を負わないと考え、掃除をしたのだと思う。
だが、鬼無国の姫を預かっている身としてはそれでもし大怪我、また亡くなったと思うとゾッとする。
「それからお手伝いは全て私の目の届く範囲でしてもらいました」
「それは、ご苦労だったな」
「ほんのお手伝いでも内容を細かく言った方がいいかもしれませんね」
「そうだな。……姫は何が目的なんだろうな」
ひしゃげた手紙を伸ばしながらアランは疑問を口にする。無意識に呟いてしまい「あ、違う」と言うが近くにいたローレンスには聞こえていたようで首を傾げられた。
「両国の和平を取り持つためでは?」
うぅん、とアランは首をひねる。
「なにか別の目的がある気がするんだよな」
「別って?」
「いや、知らん。なんとなく思っただけだ」
ローレンスは白んだ目をすると手紙を指さした。
「報告は以上ですのでこれを早く終わらせましょう。また徹夜はごめんです」
俺もさ、とアランは返事すると手紙の山を解体するのに取り掛かる。
しかし、頭の中は「姫の目的」について占められていた。長年、鎖国を貫いていた鬼無国が降嫁したこと、姫の身に何かあっても鬼無国は攻めてこないこと、誰だってぞんざいに扱われれば
(姫に聞けば楽なんだけどな)
素直に教えてくれるとも限らない。
仕事もプライベートも課題は山積みであることにアランはため息をつくのだった。
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