第21話 姫のお願い
「アラン様はお出かけですか?」
朝食を終えた春子はローレンスと共に食器の片付けをしていた。
……と言ってもローレンスが洗った食器をタオルで拭くだけなので、片付けというよりお手伝いと称した方が正しい。調理は刃物や火を扱うのでローレンスからストップがかかった。まあ、手伝いでもこうして家事の一部に触れることができたのだ。少しずつ仕事を奪っていくつもりである。
「主人は視察へ向かいました。この時期は魔獣も活動をひそめているので視察日和なんです」
「視察って、あの壁の向こうに?」
うずく好奇心を押し留め、春子はさり気なさを装って問いを投げる。壁の向こうの情勢が知れることはいいことだ。
「いえ、壁にです。さすがに少人数で壁の外はいけませんよ。活動があまりないとはいえ、魔獣に遭遇すればひとたまりもありませんから。それに、もうすぐ収穫なので人員を割けませんし。……姫様は壁の外に興味があるんですか?」
「ええ、少し。この国には鬼無にはないものばかりなので、壁の向こう側も気になります」
気になるのは魔獣で、他はおまけにすぎないが。
「なら、散策にでも行きませんか?」
「……よろしいのでしょうか」
春子は作業の手を止めるとローレンスを見上げた。自分がこの地に滞在していることは領民は知らないはず。肌や髪を隠してもその奇異な出で立ちは人目を集めるだろう。騒ぎはできる限り避けたい。
「鬼無の女性を預かっていると公表しているんです。護衛の観点からお一人で外出は駄目ですけど、私やアラン様が同行するなら大丈夫ですよ」
「けれど、お二人はお仕事がございますわ」
春子は知っている。夜遅くまで二人が働き詰めであることを。自分の存在が二人の負担を大きくしていることを。
(堂々と外を歩けるのは魅力的ではあるけれど、お二人が倒れたら困ります)
今の生活を維持するために、二人が倒れるような行動は慎むべきだ。
「アラン様には前もってお伝えしておりますが、私よりも領民達を、ご自分のことを第一にしてくださいませ」
しかし、とローレンスが難色を示すので恥じらう乙女を演じるべく、春子は俯いた。
「あの、お恥ずかしいのですがお願いがございまして」
通常より声を小さくして、伺うように言う。ローレンスは春子の言葉の先を待っている。緊張が滲む面持ちなので、無理難題を押し付けられるのではと危惧しているのだろうか。
「お昼寝の時間をいただきたいと思っていて。鬼無での習慣でして」
そんな習慣はないのだが、昼寝の時間を作ることができれば夜抜け出して寝不足となっても対処ができる。睡眠不足は髪や肌を荒らす原因、可能な限り、寝る時間を作りたい。
「そんなことで良ければ。おすすめのお昼寝スポットがあるので案内しますよ」
見るからにローレンスは肩の力を抜いた。
春子は心のなかで拳を突き上げた。これで睡眠不足とおさらばできて、なおかつおすすめの昼寝スポットやらを知る事ができると。
なんとなくだが、この頑固な従者の扱い方がわかってきた。
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