第20話 従者の性格は理解している


「……頑固すぎではないですか?」


 隣から投げかけられた言葉は独り言だろうか。最後に疑問符がついていたが虫の羽音のように小さかったので独り言だろう、と結論づけたアランは無言で皿を拭き、重ねる。

 反応したら、絶対にややこしいことになる。普段は穏やかな癖に、妙なところ苛烈な幼なじみの性格をアランはよく理解していた。黙々と厨房の片付けに徹して、聞こえていないふりをした。


「頑固すぎではないですか?」


 次は大きく、はっきりと発音された。これは独り言ではなく、俺に話しかけているな、とアランは覚悟を決めて「そうだな」と返した。皿は全て拭き終わったので次は鍋を手にとって表面に浮かぶ水滴を拭き磨く。


「なんで姫様ともあろう人が掃除や料理を学ぼうとするんですか!」


 調理道具を洗い終えたローレンスは水浸しの手でアランの襟首を掴み、締め上げる。予想通りの行動だったので鍋を落とさず済んだ。落として傷でもついたらローレンスはまた悲しむのは目に見えている。

 アランは首を締め上げられた体勢のまま、すかさず鍋を含む調理道具を奥へと移動させた。物に八つ当たりするような男ではないが、なぜかアランに対しては簡単に手が出る。その際、腕が当たって壊れないようにするためだ。


「普通、王族ってちゃらんぽらんじゃないですか! どこの世界に従者の仕事を手伝う王族がいるんです?!」


 ここにいるぞ、という言葉をアランは喉奥へとしまい込む。アランも一応、王族の血をひいているし、辺境伯でもあるので、本来なら厨房の片付けは雇用人に任せるのだが、どこかの嫌がらせ大好き王子のせいで人手がいないため、ローレンスの負担を減らすべく時間があれば手伝った。

 現に今も、ローレンスが洗った食器を拭いて棚にしまい込んでいた。


「鬼無国では普通なんだろう」


 鬼無人は閉鎖的な性格をしているが、穏やかで争いを好まないと聞いている。王族でもそれは変わらないのだろう。姫を見ているとそう思う。


(そういや、鎖国中、戦争なんて無かったって言っていたなぁ)


 馬車ではほとんど会話というものをしなかったが、アランがそれとなく鬼無国の内政を聞いてみれば雑談程度のことは話してくれた。鬼無国は長い時を鎖国し、外界と交流を遮断していたが争いというものとは無縁だったらしい。多少のいさかいはあるが、戦争という大きな戦いは起こったことがないため姫は少し興味があるようだった。

 さすがに倫理観はしっかりしているようなので言葉には出していないが、どこまでも好奇心旺盛な子だとアランは思う。


「普通って、王族がこんな雑用することが……?」


 ローレンスは信じられないと口をあんぐり開けた。アランの首を締める手はそのまま、いや、力は先程よりも強くなっている。アランが両手を掴んでいなければ窒息していた。


「混乱しているのはいいんだが、これを離してくれ」

「しますよ。へんてこ王族はあんただけで十分です」

「へんてこ……」


 アランの頼みは聞き届かなかったし、言葉のナイフが胸をえぐった。従者の手伝いをすることを「へんてこ」と称していることは理解しているが、へんてこはないだろう。なんか嫌だ。

 あと、本当にそろそろ首を絞めるのはやめてほしい。


「姫が望んでいるなら簡単な仕事は任せてもいいんじゃないか? とりあえず、腕を離してくれ」

「姫様に掃除や料理をさせるつもりですか?」


 おかしい。アランの声は聞こえているはずなのに「腕を離して欲しい」という頼みは聞き入れてもらえない。さすがにこれ以上、耐え忍ぶつもりはないのでアランは掴んだ手に力を入れて、ローレンスの腕を離した。


「一人で外出はさせられないし、何もせず城にこもりっぱなしはストレスだろ」

「それは、そうですけど。刺繍やお茶とかしてもらえばいいのでは?」

「一人でか? つまらないだろう。誰か誘えればいいんだけどな」


 領民は姫が養生のため、この地へ訪れていることは知っているがアランと婚姻関係を結んでいることは知らない。

 なので、気分転換の話し相手に領民を招き入れることはできない。もし話の最中に姫がアランとの関係を告白すれば、瞬く間に伝わるはずだ。人の口は閉ざすことはできないのだから、危険な行為は可能な限り避けるべきだ。


「簡単な仕事なら任せようか」

「怪我でもしたらどうするつもりです?」

「大丈夫だろ。たぶん」

「大丈夫じゃないから言っているんでしょ」

「姫は賢いから大丈夫さ」

「意味が分からない」

「彼女、俺達の関係が仮初のものだと理解しているようだった。物事をしっかり俯瞰ふかんして見ているし、怪我ぐらいで物事を大きくはしないはずさ。それに、今回の申し出も本人なりに気遣っているんだろう」

「……確かに、そうですけれど」


 ローレンスは嫌そうに大息する。


「姫に事情を打ち明けたら納得してくれそうじゃないか?」


 ふと、アランは思った事を口にした。状況をよく理解し、己の感情を殺す娘は頼めば、表向きはジェラルドの妻として振る舞ってくれるのではないか。できる限り二人を近づけたくはないが姫はヴィルドール王国の皇太子妃として政務に携わるのは決定事項。それに本人の協力がなければ皇太子妃を演じてもらえない。


「そんな恐ろしいことしないでください! あんたの一挙一動で国が壊滅するんですからね!」


 ローレンスは啖呵をきる。


「いいですか! 絶対に姫を惚れさせてください! 我が国の未来のために! 仕事はどうにか少なくするので!」


 突きつけられた言葉にアランは乾いた笑いが止まらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る