第19話 お互い頑固


「真面目なようで、不真面目ですよ。主人は」


 第三者の声に春子は笑声を止めた。声の方向を見れば、二十代半ばの青年が料理が並ぶ台車を押して近づいてくる。癖のある黄金の髪と海色の垂れ目が可愛らしい、一見すると女性にも見える青年はアランを軽く睨みつけながら「隙があれば仕事をサボろうとします」と言って春子の前に料理を並べ始めた。

 声に聞き覚えがあることと、アランが料理を作ってくれていると言ったことから青年がローレンスであると理解した春子は急いで立ち上がると軽く膝を折り曲げた。

 ヴィルドールでは挨拶をする際は身分が低い者から声をかける事になっている。本来なら従者より鬼無国の姫である春子の方が立場は上だが、春子は死人。ローレンスを立てた方がいいと判断した。


「アラン様からお話は伺っております。はじめまして、ハルコ・ウノと申します」


 嫁入りした直後より滑らかに発音できるようになった言葉を披露する。頭上でローレンスが息をのむ気配がした。


「お顔をあげてくださいませ。主人にそのような真似をさせるなどできません」


 言われて春子が面をあげると眉尻を下げたローレンスが戸惑った表情を浮かべていた。


「ローレンスは姫の従者なのですから、もっとフラットに話しても問題ないですよ」

「けれど、私は死んでいるのですから、生きているローレンス様の方が立場は上ですわ」


 純粋な疑問を口にすると二人は揃って顔を歪める。正反対な容姿なのに表情は双子のように瓜二つで、またその表情が意味する理由が分からず春子は首を傾げた。


「お情けで置いてもらっている身であることは重々承知しております。昼間ははしたない姿をお見せいたしましたが、これからはアラン様の妻として尽くしますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


 すらすらと半分しか心にない言葉を口にして、深く頭を下げる。居候の身なので掃除や料理をやるつもりではいるが、口にした言葉ほど自分を卑下に思ったことはない。

 幼い頃から両親や兄達に蝶よ花よと可愛がられて育ったからか春子は自己肯定感が恐ろしいほど高かった。それはもう天にも昇るほどに高い。ジェラルドに不細工と罵られたことは泣いてしまうほど傷付いたが、時間が経てば(王族の面汚しめ)と心の内で罵倒し、自分のどこが不細工なのか問い詰めたくなるぐらいには気位が高かった。

 ヴィルドールでは不細工かもしれないが、春子は鬼無では美人と言われていたのだから、春子の自己評価は美人でしかない。

 ジェラルドの事を思い出すとはらわたが煮えくり返る思いだ。やはり、城を離れる前に闇夜に紛れて一発ぶん殴ってやればよかった、と後悔していると何やら鈍器で殴られた音が頭上から聞こえた。同時にアランのうめき声も聞こえる。


「姫様、お顔をあげてくださいませ」


 ローレンスに話しかけられて春子は顔をあげた。麗しい美貌を悲壮に染めたローレンスと、目尻に涙を溜めて頭をさするアランがまっすぐ春子を見つめている。


「私はローレンス・ガードナー。従者として、あなたに仕えることをお許しください」

「ローレンス様、あなたが仕えるのは私ではなくアラン様ですわ」

「ローレンスと、様付けは必要ありません。姫様はどうかここでご自由に過ごしてくださいませ。生活に必要なものは私がご用意いたします」

「お気遣いありがとうございます。けれど、私はここに置いてもらっているだけですので何か手伝える事があれば言ってくださいませ」

「主人を働かせるわけにはいきません」


 これでは押し問答だ。面倒くさくなった春子がどう言いくるめようかと思考を巡らせていた時、アランが手を叩く。ローレンスと春子の視線を集めたのを確認したら料理を指さした。


「料理が冷めてしまいますよ。話は食べ終わってからでもいいじゃないですか」


 ローレンスと春子は顔を見合わせる。どちらも折れる気はないため、このまま話せば話は平行線だ。そのためアランの提案に乗ることにした。


「お料理、ありがとうございます。今度、作り方を教えてくださいませ」


 これをきっかけに料理を学ぼうと画策した。春子の意図を読み取ったローレンスは曖昧な笑みを浮かべる。良いとも駄目とも言わない態度に春子は心の中で舌打ちした。



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