第18話 意味が分かりません


「私は、あなたを利用するために妻に迎えたわけではありません」


 固く紡がれたその言葉に、春子は耳を疑った。魔獣の強さはわからないが、鬼無国の民は強い。鬼無国の力を借りれば魔獣を生み出す鬼神を殲滅でき、辺境伯であるアランの負担も減るのに。利用すれば楽になれるのに、なぜ利用しようとしないのだろう。


「利用だなんて、これは両国の友好のためですわ」

「同盟とは対等という意味です。鬼無の力を借りて魔獣を退治するなど、どこが対等といえますか?」


 真面目な男だ、と春子は改めてアランの容貌をまじまじと観察した。銀糸の髪に紅玉の瞳、顔立ちは勇ましく、引き締まった肢体。総合するとヴィルドールの美の観点から言えばと称していい美貌をしている目の前の男は、性格は見た目とは正反対。呆れるぐらい生真面目な性格をしている。


(素直に利用してくれればいいものを。頑なですわ)


 その生真面目さは好ましいが面倒だな、とも思う。アランが春子を利用してくれれば、春子も伸び伸びと自由気ままに生活を楽しめるのに。こうやって壊れ物のように扱われたら少し躊躇ってしまう。


(第一、夫婦めおとと言っても仮のものでしょう。本当の夫婦になるわけでもないのに)


 そう自分に言い聞かせる。お互い会話の最中に「夫」や「妻」と口にはするが正式な儀式もなく、書面も交わしていない。交わせるはずもない。春子は死者として扱われている。死人と王族の血を継ぐ辺境伯が結婚などできるはずもなく、学がない子供でも春子とアランの関係は夫婦と称するのもおこがましいものだ。

 レオナール達が春子の処分に困ったから、アランに押し付けたにすぎない。アランも無理やり押し付けられた妻なのだから私利私欲のために利用すればいいものを、なぜここまで個を尊重してくれるのだろうか。

 いっそのこと、道具のように利用してくれればいいのに。そうすれば、春子に残る罪悪感は一欠片も残らず消え去ってくれる。


「アラン様って真面目ですね」


 残ったミルクチョコレートを喉奥に流し込み、素直な感想を口にする。


「真面目、ですかね?」

「ええ、とても」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す様子がおかしくて、春子は小さく笑声をこぼす。

 アランは春子の笑いを咎めることはしないが「真面目ですか……」と納得がいかなそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る