第23話 東市
常世は五つの国に分けられている。黄帝が居を構える通称、桃源郷を中心に東西南北を四人の龍帝が統治しており、その各国は四季に関した国名をつけられていた。
その東方に位置する春国は五大国の中で最も人口が多く、国民の居住区は現世への転生を待つ者が暮らす西市と常世での永住権が与えられた者が暮らす東市の二つの区分に分けられていた。
藍影が紅玉を連れて訪れたのは治安も人柄も良い東市だ。町民達は生前「馬鹿」がつく善人であり、青龍帝である藍影が訪れても無闇矢鱈に騒ぎ立てることはせず、にこやかに会釈をして通り過ぎる。その穏やかな空気がお気に入りだった。
紅玉は初めて見る市井に好奇心を抑えられないようで控えめにだが周囲を見渡し、灰色の瞳を輝かせた。集中しているからか藍影が柳腰を手を回しても気にする素振りも見せない。
それをいいことに藍影は体を密着させながら周囲の民と軽やかに視線を交わし、東市を練り歩く。
「これを見てもいいかい?」
ある店の前で足を止めた藍影は、穏やかに店主に話しかけた。装飾品を扱う店らしく、台の上には目を瞠る
店主は青龍帝に話しかけられたことに一瞬、驚くがすぐさま笑顔を浮かべて揖礼した。
「どうぞ、御手にとってもらっても構いません」
「ああ、そうさせてもらう」
「なにか気になることがございましたら、お気軽にお声がけくださいませ」
店主は一礼すると他の客——恐らく知人——と楽しそうに会話をし始める。放っておいてくれるのはありがたい。藍影は商品を観察してる時に横から話しかけられるのが苦手だ。
「なにか気になるものがありましたか?」
紅玉の問いかけに頷き、
(斎では鳳凰は
赤と橙に輝く鳳凰を眺めながら、紅玉へと視線を落とす。頸飾は美しい色合いだが、紅玉の赤髪と比べるとどうしても劣って見えてしまう。
次に黒曜石を削った
「紅玉、手を」
おずおずと差し出された手を取ると腕環を着けてみた。
「店主。これをいただく」
藍影の言葉に紅玉は「えっ!」と声をあげた。
「いただけません! こんな高価なものっ!」
想像していた言葉に藍影は小さく笑う。細い手首を飾る腕環に触れて「思い出として受け取ってくれ」と懇願した。
「君が帰ってからもこれを見るたびに私を思い出して欲しい」
帰す気は毛頭ない。
ただ、こう言えば紅玉は断れないと知って言った。
「それにおまじないをかけた。現世でも幸せに生きれるように、と」
紅玉は一瞬、大きく目を瞠る。続いて、腕環を眺めて小さく頷いた。
「大切にいたします」
店主に対価を渡し終えた藍影は「嬉しいよ」と言葉を返すと、紅玉の腰に手をまわした。
(すまない、紅玉。私は君の幸せを願っているが君のいるべきはここであって、現世ではない)
藍影は知らなかった。自分に
楽しそうに腕環を見つめる紅玉に罪悪感を覚え、藍影は心の中でもう一度、謝罪を口にした。逃がすつもりはなかった。
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