第22話 盗み見


 歌流羅は苛立ちを心の奥底へ押し止めることに集中していた。少しでも気が削がれれば口から罵詈雑言が飛び出し、周囲を破壊してしまいそうになるからだ。


「ねえ、歌流ちゃん。やっぱり、駄目?」


 甘い猫撫で声が張り詰めた神経を逆撫でする。


「藍ちゃんの慌てた顔が見たいの」


 腕に絡みつく手を今すぐ振り払い、罵りたい。


「ねえ、お願い?」


 行き場のない苛立ちが積もっていく。許容範囲から溢れる前に傍観に徹していた玄琅が「よせ」と白慈を諌める。


「そろそろ、そやつが怒るぞ」


 によによと下卑た笑みを浮かべながら玄琅は無い顎髭を撫でる。


(心を読むな。糞爺)


 どうせ聞こえているんだろう、と暴言を吐く。


「おお、怖い怖い。お主は自分の立場が分かっていないようじゃな」

「いえいえ、分かっておりますわ。わたくしの主人は青龍帝ですもの。あなた達ではございません」


 米神に太い血管を浮かべながら歌流羅は笑顔を心がける。


「主人の恋路を邪魔する人達がふざけたことを仰る」

「あらぁ、別に邪魔してないわよ」


 心外とでもいいたいのか白慈は柳眉をひそめた。


「あたし達は藍ちゃんを心配して見守ってるの」

「見守っている? 盗み見の間違いでは?」

「人聞き悪いわね。藍ちゃんが困った時にはさっと手伝えるようにこうしているのよ」


 白慈は頬を膨らます。その傍らでは玄琅が頷き、更にその側では朱加が青白い顔で地面に尻をつき、膝を抱えている。ぶつぶつと何かを呟いているが声が小さくて聞こえない。

 ちなみに朱加が逃げないようになのか玄琅がその襟首を掴んでいた。見た目は幼子といえど、玄琅は黒龍帝。見習いの朱加では逃げることはできない。


「藍ちゃんは気づいていないしいいじゃない」

「いやいや、あやつの隠遁は儂ら以上じゃ。気づかれて、術を発動されれば全てが水の泡となるからのう。慎重にいかねば」

「藍ちゃん、緊張してるみたいだし大丈夫じゃないかしら?」

「分からんぞ。半神半人とはいえ、あやつは才能がある。まあ、がいるから問題はないと思うが」


 玄琅は右腕を掲げた。襟が引っ張られ、自重によって首が絞まった朱加が苦しそうもがく。


「……っ!! いい加減に離せよ!」

「急に元気になりおったのぅ」

「俺は帰る!!」


 この場を立ち去りたいのか手足をバタバタさせて暴れるが、玄琅は平然と襟首を掴んだまま。まるで子猫の癇癪を見つめるかのような目で朱加を見守る。


「暴れるでない。お主の偵察力を見込んで頼んでおる」

「俺は頼まれていない!!」


 大声で朱加が叫んでも藍影達には聞こえない。それもそのはず。藍影達とだいぶ距離があるのだ。大声を発しても周囲の喧騒に紛れて二人に元には届かない。

 だからこそ、朱加が呼ばれた。朱加の偵察力は四龍帝をも凌ぐ。藍影の隠遁術でさえ、「ここら辺か?」と勘で動き、高確率で見破った功績がある。

 今回の尾行にうってつけだと玄琅と白慈によって無理やり引きずられ連れてこられたのだが、当の本人は帰りたがっている。


「親父に見限られるのは嫌だ! 離してくれ!」

「儂等には関係ないことよ」


 冷たく玄琅はあしらうと目を凝らして藍影がいる方向を見つめた。


「……距離があるから読心はやはり、使えんな」

「そんなこともあろうかと、歌流ちゃんを連れて来ましたぁ」


 白慈は華やかに笑いながら歌流羅の腕を引き寄せた。


「藍ちゃんと歌流ちゃんは一心同体ですもの。藍ちゃんの考えぐらいお見通しじゃない?」

「薄ら分かる程度ですし、わたくしは皆様のような盗み見などという悪趣味は持ち合わせておりませんわ」


 それとなく腕の拘束を解き、歌流羅は踵を返して水の殿舎へと帰ろうとするが、


「待ってくれ!」


 朱加によって止められた。


「なんでしょう」

「お前も一緒なら親父の怒りも少ないだろう」


 真っ赤な瞳を潤ませた朱加は偉そうな態度で「お前も残れよ」と言うので、歌流羅はそっと自分の衣装を掴む手を外す。


「ご武運をお祈りいたしますわ」


 仙女もかくやという微笑を残し、歌流羅は来た道を戻る。今回は制止されなかったので意気揚々と街中を進んでいると背後から「いいのかしらぁ」と小さな声が投げかけられた。含みのある言い方が引っ掛かり、歌流羅は歩を止める。


「藍ちゃん達に合流しても」


 ただのでまかせだ。白慈は藍影と親友なのだから、恋路の邪魔はしないはず。歌流羅はまた歩を進める。


「それもよいなぁ。五人で飯でも食べにゆくか」


 幼子爺の言葉も聞こえた。この爺は冗談のように言っているが、きっと実行をする。歌流羅は舌打ちすると三人のもとへと戻ることにした。

 嬉しそうに笑う白慈と玄琅、拘束されながらも安心した様子を浮かべる朱加。この場に常識人である赤斗がいないことに歌流羅は内心で文句を言いながら、再度、理解した。


(やはり、四龍帝と仲良くはできない)


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