第11話 家族と晩餐

「それじゃあ、しばらくは一緒にいられるのですね?」

「うん、実は昨日もちょっと時間が余ったんだ」

「ちょうど一緒になれたから、王都で落ち合ったのよ」


 そう言って見つめ合う男女が二人。ダイニングとしている一つの部屋に、甘々な雰囲気が漂った。


 それを嬉しそうに見つめるアリスと、砂を吐きそうな顔をするルーク。

 家族四人揃っての、夕食の場だった。


 ラブラブな二人はスチュアート侯爵夫妻である。

 もう四十近いはずなのに、まだ新婚さんの雰囲気を醸し出す。幸せ家庭を築きたい、アリスの理想がそこにあった。


『久々に休みも取れそうなんだ』とは、父であり侯爵である、ジーク・スチュアート。

『だから、デートをしようと思って』とは、母であり侯爵夫人である、リエンナ・スチュアート。


 両親でもあり、侯爵夫妻でもある彼らはもう一度『ねー』と見つめ合った。

 それを、『いいなぁいいなぁ』と羨ましそうに見るアリスとは対象的に、ルークは無視を決め込んだようだ。


 スチュアート侯爵家では、家族との食事に晩餐室は使わない。これは昔からそうだった。

 あそこは四人では広すぎる。お互いの距離も遠くなってしまう。家族はそれを嫌がり、晩餐室は客を招いた時にしか利用せず、普段はこうして部屋の一つをダイニングとして利用していた。今もジークとリエンナは隣同士で仲睦まじそうに、夕食をイチャイチャしながら楽しんでいる。あーん、とかしそうな雰囲気だ。


 二人の出会いは戦場である。

 ジークは剣士、リエンナは魔導師として、魔物への対抗に注力していた。

 運悪く、魔力が切れてしまった彼女を守るため、颯爽と現れたのがジークだ。仲間の静止も振り切って、襲いかかる魔物を一刀両断した。


 そこでお互い一目惚れ。

 その出来すぎとも言える物語は、王都の劇場演目のモデルにもなったことがある。


 ジークはリエンナ以外の女性には興味を示さなかった。その美形と政治的手腕、さらには高い技能を持つ、しかも侯爵家の嫡男である。言い寄る女性は多かったが、全て突っぱねてきた。

 対するリエンナも、美貌と魔法技術の高さから様々な男性に囲まれてきたが、冷たい視線で見据え、これまた冷たい台詞で断ってきている。そういうところもまた、一部には人気だったらしい。


 そんな両親に育てられたのだ。娘であるアリスも、両親のようになりたいと思うのは当然のことだった。息子のルークは少しばかり大人ぶっているようだが。


 そしてその息子であるルークに、父のジークは話しかけた。


「ルーク、学園はどうだい? 頑張ってる?」

「はい、父上。中等部入試では首席が取れました。今は高等部の修学を始めています」

「そうか、よくやったね。優秀な子たちで僕も嬉しいよ。で、時に、パパって呼んでもいいんだよ?」

「お断りします」

「……アリス」

「申し訳ありませんわ」


 子供二人からにべもなく断られたジークは妻に泣きつき、よしよしされた。

 ジークは今も、二人を子供扱いしたがりたい病に侵されている。一人は成人、下の子ですら中等部に入った歳だと言うのに。

 自分の甘え癖は父から受け継いだのでは、とアリスは疑った。


「あなた。二人とももう、子供じゃないのよ」

「……陛下も同じ悩みを抱えていたね」

「陛下が?」


 ジークは国王と歳も近く、仲が良い。どうでもいい相談に付き合わないといけないと、物憂げに話していたことがある。


「王女殿下から『パパ』と呼ばれなくなったってさ」

「王女殿下? ルークと同い年じゃない、ねぇ」

「はい、母上。クローディア王女殿下は学友です」

「だったら当たり前よそれ」

「王妃殿下も似たようなことを言っていたね……」


 国王まで父と同じように病を患っているのか。男性は皆同じなのかも知れない。

 とろんとした目で、アリスが宙を見上げた。


(ということは、リック様も……?)


 彼も、子供が育って大人に近づいたら、パパと呼んでくれなくなったと嘆くのだろうか。

 そして自分が、あ、あ、あなた、もう子供じゃありませんのよ、と慰めるんだろうか。今こうして母がやっているようによしよしと──


「うえへ」

「アリス?」

「姉上?」

「な、なんでもありませんわ」


 だらしない顔を引き締めたアリスが、かちゃかちゃとほんの少し音を出して、皿の上の肉を切り始めた。


 どうも最近、妄想が多い気がする──


 アリス自身も、ここ数日で痛感はしているのだが、どうすることもできない。

 先ほど秘密の会話をしたリエンナだけは、彼女の心を覗いたかのように、くすりと笑っていた。


「そうそう、その王女殿下だよ。ルーク」


 ジークが話を変え、ルークの顔をのぞきこむ。


「はい、父上」

「今すぐ婚約する気はあるかい? 向こうは『すぐにでも』と言ってきている」


 通常、王女の婚約といったら王命になる。そんな悠長なことを言っていられる場合ではない。基本的に断れないのだ。何かどちらかに瑕疵でもない限りは、『はい』とうなずくしかない。

 だというのに、ジークはまるで世間話かのように話をしている。これは異様なことだった。


 さらには、その異様な言葉に、他の三人も特になんとも思わない。これには当人である王女自身と、第二王子が関係していた。


 王女は今、宙ぶらりんの状態である。

 王家としては異例の事態だ。本来であれば、ほぎゃあと産まれたそのときから、未来の相手が決まっていてもおかしくない。

 だが、第二王子がそれを良しとしなかった。可愛い可愛い妹の幸せを守るため、王女が産まれたときから奔走した。時には父である王を脅して。成長するにつれて、王女自身も兄と同じように動いた。


 その結果が今である。

 王女は婚約相手としてルークを選び、学園では毎日猛アタックをぶつけていた。

 王妃もわりと王女寄りらしく、王が不憫で仕方がない。禿なければいいのだが。


「何度も言いますが、今は勉学に励みたいと思います」

「そうだけどね。あまり女性を待たせるものでもないよ?」

「あら、私はずっと待っていたのだけれど」


 食後酒を飲みながら、リエンナがしれっと言った。


「そ、そうだっけ?」

「そうよ」

「せめて姉上が婚姻されるまでは、待っていただきたいです」

「ルーク!?」


 アリスが驚いて、口の前に持って行こうとしていたお肉を落とす。幸いにもお皿の上に落っこちてくれたが、ドレスの上だったら悲惨なことになっていた。

 なぜそこで自分が出てくるのか。彼女はお皿を手前に寄せつつも、弟であるルークを見る。


「あら?」

「おや?」


 ジークとリエンナもルークを見た。

 家族三人から見られた彼は、居心地悪そうにしながらも、


「……姉上を無事に見届けてから、自分のことを考えます」


 姉を慮るような発言をした。


「ルーク!?」


 またしても驚いたアリスは、もう少し小さく切ろうとしてナイフを入れていた肉の狙いを外し、ぴちっと少しソースを跳ねさせた。今度も危うかった。


(も、もしかしてお姉ちゃん、弟に心配されてる!?)


 二度食べそこねたアリスに、ミシェルが寄ってきて皿を奪う。そのまま綺麗に切り分け、フォークに刺したお肉を無言で彼女のお口の前に運んだ。

 特に疑問にも思わず、そのままぱくりと食べる彼女に満足したのか、お皿をテーブルの上に戻して後ろに下がっていった。


 どう見ても心配しかない姿だった。


「なるほど。ルークは、そうか、なるほどね」

「あらあら。ルークはお姉様大好きね」

「そんなんじゃありませんよ」


 ぶすっとしてスープを飲むルークを、肉を飲み込んだアリスが見る。

 自分のために恋を我慢する、弟の心遣いが愛しい。同時に、心配をかけてしまっている申し訳無さが込み上がってくる。

 このままではいけない。彼女は安心させるように微笑んだ。『あーん』されていたのが嘘のように、女神のような笑顔だった。


「ルーク」

「……なんでしょうか、姉上」

「私は大丈夫よ」

「大丈夫じゃありませんよ」

「あれ!?」


 安心させたはずなのに、またぶすっとされたアリスが首をかしげる。

 おかしい。何がダメだったんだろうか。怒らせてしまうようなことをしただろうか。

 不安になった彼女がルークを見るが、特に怒っている様子はない。だが耳は赤くなっていて、恥ずかしそうにはしている。


 考えてもわからなかったが、何か不機嫌にさせるようなことを、無意識にやってしまったのかもしれない。

 アリスがルークの袖を弱々しく掴んだ。


「ルーク、ごめんなさい……私、なにか悪いことしたかしら……」

「あ、姉上! 違います……! そうではないのです」


 バツが悪そうな顔をしたルークが慌てるが、アリスはしょんぼりした声で続ける。


「なにが違うの……?」

「っ! ああもう! これだから姉上は!」

「え、ええ!?」

「うん……我が娘ながら、怖いくらいだね……」

「そうね……天然よね、これ……」


 正面に座る二人が何か言っているが、彼女にはよくわからなかった。

 とにかく弟に嫌われたくないという一心で引っ付くように謝るが、振り払われては『やめてください』と言われ、ずん、と落ちこむ。


「ルークぅ……」

「ふふ。あとで教えてあげるから」

「お母様?」

「母上! ……っ、父上も!」


 母は微笑み、父はお腹を抱えて爆笑する。くっつきたがる姉と、それを弟が拒んでは顔を赤くする。

 スチュアート侯爵家の一室では、そんな誰かの声が絶えない夕食となった。




「私は先に戻ります!」


 夕食後、先に食べ終わったルークはすぐに出ていってしまった。

 アリスがそのあとを心配そうに見つめる。母が原因を教えてくれるらしいが、彼女には何もわからなかった。


「ルーク……」

「大丈夫よ、アリス」

「……本当ですか、お母様」

「ええ」


 大丈夫。そう言われたアリスが、少し気を落ち着かせる。

 家族に心配なんてかけてしまっている。ましてや、自分より六つも下の弟にまで。情けなくて仕方なかった。


(もっといいお姉ちゃんにならないと)


 ふんす、と意気込みを新たにする。

 彼女の様子に、ジークもリエンナも引きつった笑いを浮かべた。


「アリス? その、ほどほどにね?」

「そうよ。あまり張り切らないほうが、その、いいわよ」

「いえ、お父様、お母様。私は必ず、よい姉になってみせますわ」

「そ、そっか」

「ルーク、大丈夫かしら……」

「大丈夫です。安心させてみせますので」


 ズレた会話をしつつ、食後に準備してくれたお茶を飲む。昨日にナナリーからもらった茶葉だった。優しい味わいが胃に溶けてくる。


「変わったお茶だね?」

「でも美味しいわ」

「ナナリーから頂いたものです」


 友人に頂いたものであるということを、アリスが少し誇らしげに伝えた。


「ポートフィルム家のご息女さんだったね」

「はい、お父様」

「お菓子にも合うのですが、食後にも良いかと思って使用いたしました」


 侍女がお辞儀をして言った。

 その心遣いに、アリスの胸が温かくなる。友人からいただいた茶葉を家族の夕食に。最高の使い方である。


(また今度、お礼を言わないと)


 それはジークもそうだったのか、カップをしげしげと見つめて、


「たしかに。なにかお礼をしないとね」


 言ってから味わうように飲んだ。


「お出かけの際に見繕っていただけませんか? 二種類、別々で」

「あら、私たちに任せちゃっていいの?」

「はい。おデートにちょうどいいでしょう」

「またこの子は。大人ぶっちゃって」

「大人ですもの」


 アリスがすっとお茶を飲む。

 そう、自分は大人。両親のデートを心組むくらいの気概は、持っているつもりでいる。

 それにデートである。どういうコースを選択するのか、彼女はあとで聞いておきたかった。


「そう。なら私たちで用意するわ」

「はい、お願いします」

「で、アリスは、その、どうなんだ? リチャードくんとは」

「ぶほぉえ」


 大人の女性が、昨日とまったく同じようにむせた。ミシェルがハンカチを用意してくれるところまで同じである。


「けほっ、こほっ」

「だ、大丈夫かな?」

「あなた」

「えっ、なに? 僕が悪いの?」

「だ、大丈夫、です」


 涙目でハンカチを受け取り、口元を押さえた。ミシェルが背中を擦ってくれる。

 彼女が一息つくまで待ってから、ジークが再度話し始めた。


「そっか。で、どうなんだい?」

「か、変わらずよいおつきあいをしてくれていると、思います……」

「よかった。いい人みたいだね?」

「はい、それはもう!」

「よき巡り合いだったようでなによりだね。大事にしなよ?」

「はい、お父様」


 アリスはほっとした。そんなに難しいことは聞かれないみたいだ。

 あとはお泊まりの件を言い出すタイミングだけだったが、これは今がベストだろう。おそらく夕食前に母がざっくりと伝えているだろうが、自分からも言っておかないといけない。

 彼女はぐっと力をいれて、声を出した。


「あの、それで、えっと、お父様──」

「う、うちには、その、呼ばないのかい? 泊まっていっても、えっと、いいんだよ?」

「おとまーうぇぇ!?」


 変な声が腹から出る。

 ジークが言ったのは、まさかの逆パターン。お呼ばれするのではなく、こちらから誘う。お泊りしませんか、と。


(ムリムリムリムリムリ!)


 絶対に無理だ。今回だって、向こうから誘われたからこそである。

 屋敷には家族もいる。子供の頃から一緒に過ごしてきた侍女だっている。


 そんなところに彼を呼ぶ。いや、呼んだことは何度かある。だがそれも、茶会やちょっとした食事くらいだ。自室にすら招いたことはなかった。

 それなのに一気に飛び越して、お泊りしてもらう。そんなことは天地がひっくり返ってもありえなかった。


「ど、どうしたアリス。オトゥマーエって、な、なにかな?」

「な、なんでもありませんわ……なんでも……」

「あなた」

「な、なんで怒ってるんだリエンナ」


 けっきょくアリスは切り出すタイミングを失う。これ以上、自分からは出れそうにもなかった。


 もう今日は諦めよう。しばらく一緒にいられるんだから、また明日、落ち着いてから話せばいい……


 逃げ腰になる彼女が落ちこむ。いい姉になると決めたばかりなのに。大人の女性なはずなのに。彼女の目に、ほんの少しだけ涙が浮かんだ。


「ま、また聞いてもらえますか……今日はもう……ごめんなさい、お父様……」

「ア、アリス……」

「あなた」

「わかったよもう!」

「あの……?」


 すん、と鼻をすすったアリスが、まだうつむきがちに顔を上げた。ジークは困ったような顔で目を泳がせ、リエンナは呆れ顔である。


「はぁ……あのね、アリス。この人は寂しいだけなの」

「リエンナっ」

「えっ……」


 アリスが驚いて、正面に座る父を見る。

 見られたジークは『あー』と言って、あさっての方向を向いていた。


「夕食前に話したら、ぐずっちゃって」

「お父様が……?」

「だから貴女の口から聞きたくなくて、あれこれ無駄な策を弄した結果がこれよこれ。具体的には貴女の話に合わせて、少しずらすような話を先にする感じね」

「そんなっ」

「り、リエンナ。無駄な策ってひどい──」

「あなた」

「お父様!」

「うわあああ、ごめんよおお」


 ジークが情けない声を出し、頭を抱えて机に突っ伏した。

 アリスが憤る。まさか父がそんなことをするとは。勇気を出そうとしていたのに、なんてひどい。


(しばらく口を利いてあげない!)


 ぷいっとそっぽを向いた彼女に、ジークがおどおどしながら様子を伺う。


「あ、アリス……?」

「…………」

「アリスぅ……」

「ふ、ふんだ」


 父の悲しそうな声に少しだけ心を痛めるアリスだったが、向こうだってこちらの想いを裏切ったのだ。二、三日くらい、無視したってばちは当たらない──


「アリス、許してあげて」

「お母様?」


 小狡い手をバラした張本人から、まさかの許せときた。

 驚いたアリスは母を見て、次にむすっと父を見る。見られたジークはへにょっと泣きそうな顔をした。


「アリス。この人もね、ようやく実感したのよ」

「実感、ですか?」

「ええ。貴女が他の家に嫁ぐって」

「え……でも、前からわかっていたことじゃ……」

「ええそうね。でも、来年でしょ? それにここに来ての外泊。もうすぐ貴女は、この家からいなくなるのよ?」

「あっ……」

「貴女がいなくなった屋敷と家族のことを、考えてみて?」

「…………」


 アリスがもう一度、父を見た。泣きそうになっていた父は、すでに少し泣き出している。

 その姿に、彼女はじん、とした。


 これまで過ごしてきた屋敷から出ていく。家族とはもうしばらく会えない。今も親が忙しい日はなかなか返ってこないし、弟だって学園があるから普段は家にいない。


 でもそれは、いつか帰ってくるということ。離れ離れになっていても、そのうち一緒になれる。


 だけど嫁ぐとそうじゃない。自分は公爵家夫人になるのだから、基本的にはこの屋敷には戻ってこない。家が、名前が変わるのだ。これまでずっと名乗ってきたスチュアートではなくなる。


 両親から怒られて、泣きついたらちょっとだけ甘やかしてくれた侍女もいた。ミシェルだけは着いてくることが確定しているが、コリーナや他の侍女とはさよならとなる。

 自室も別の部屋になるだろう。毎日寝てきたベッド。なかなか寝付けなかった時、母が寄り添って子守唄を歌ってくれた。

 部屋の隅には傷もある。子供の頃に付けてしまったもの。その壁は今でも修繕されていない。『記念だからね』と笑って許してくれて、残してくれた。当時の侍女長からは怒られたし、見るたびに恥ずかしくなるが、今ではいい思い出だった。


 中庭では毎日のように遊んだ。庭師や御者に混じって、植込を手入れしたこともある。無残な結果に終わったが、落ちこむ自分をみんなが無理に褒めてくれた。


 中庭を走り回って、転んで、ドレスを汚して怒られて。

 学園に通って、家が恋しくなって、何度も手紙を出してしまって。

 彼と一緒に婚約を伝えたら驚かれて、許してくれて。


 そういう思い出が、急に山のように押し寄せてきたアリスは、涙が溢れて止まらなかった。

 いまさらになって気づいた。自分はもう、この家には戻れない時が、遠くない内に来ることを。


「お父様……ごめんなさい……ごめ……なさい!」

「アリス……僕のほうこそごめんね。君の気持ちが一番大切なのに、変な意地はっちゃった」

「いいえっ、いいえ!」

「行っておいで。こっちのことは気にしなくていいからね。向こうによろしくね」

「はい、お父様……!」

「……アリス。僕の可愛いお姫様。本当に立派に育ってくれて、ありがとう」

「……パパ、産んでくれて、育ててくれてありがとう……パパッ!」

「アリス!」


 二人とも立ち上がり、抱きしめあって泣く。

 なんだかここ最近泣いてばかりだ、とアリスは思った。父と抱き合わなくなったのはいつからだろう、とも。

 忘れていた、思い出した、思い残していく分も全部含めて、ぎゅっと強く抱きしめる。


「あのね、ただの泊まりよ? 今からそれでどうするのよ……」


 呆れと苦笑が混じった声で言ったリエンナもまた、少し涙を浮かべて微笑んでいた。

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