第9話 お手紙読みましょう
『じゃあね。今度はこっちが誘うから』
『まったねー。私も二人を誘いたいから順番だね』
『次はお互いの彼を連れてくるようにしましょうか』
『おおー。いいね、それ。男性同士で交流してもらおうかー』
けっきょくあのあと、お茶会は強制終了となってしまった。逆上せてしまったアリスが、ロクな対応ができなくなったためである。
見送りはしたが、二人が言う別れの言葉もあまり耳に入らず、そのままぼけーっとミシェルに手を引っ張られるように入浴し、ふらふらとベッドに入って、そのままご就寝となった。
スチュアート侯爵令嬢主催のお茶会は、どう贔屓目に見ても失敗に終わった。主催者がダメになってしまったのだから、言い訳のしようがない。
「はぁ……」
「どうされたのですか、姉上」
翌朝。
なんとか正気に戻ったアリスは、寝起き一番、枕に顔を埋めて酷い自己嫌悪に陥った。
友人相手とはいえ、人前でみっともなく涙を流したうえに、子供のようにやだやだと駄々をこねるなんて。はしたないどころではない。最悪だ。しかも、友人らが連れてきた侍女にまで見られてしまった。
『アレが噂のスチュアート侯爵令嬢ですか』
『ええ、アレが噂のスチュアート侯爵令嬢よ』
『そうですか。アレがですか』
そんなことを帰りの車内や、今ごろ友人らの家で話されていたら。
そう思うと、アリスはどん底に叩き落されたかのような絶望感を味わった。家にまで迷惑をかけてしまったかもしれない。
そうしてミシェルが迎えに来るまでベッドの上でぐすぐすし、のろのろと準備をして、今はルークと一緒に朝食を取っていた。
「姉上、体調でも悪いのですか?」
「ルーク……」
姉の食の進みが遅いことに、体調を心配したルークが声をかけた。
そのことに胸がじんわり温かくなるアリスだったが、同時に申し訳無さと、またしても自己への嫌悪感に苛まれそうになる。
「ごめんね、ダメなお姉ちゃんで……」
「本当にどうされたのですか!?」
普段なら美味しそうに思えたはずの、サニーサイドアップに焼かれた目玉焼きを食べるわけでもなく、つんつんしながらアリスが謝罪した。
だが、謝罪されたルークはなぜ謝られるのかがまったくわかっていない様子で、おかしくなった姉を訝しそうに見るだけだ。
彼女の中では、昨日の話が尾を引いていた。
自分がどれだけ物知らずだったか。
自分がどれだけ恥ずかしいことをしていたか。
自分がどれだけ遅れているか。
叩き込まれた知識の重さとショックで、食欲が湧かなかった。作ってくれた料理人に申し訳なく思う。
それでもアリスは反省を始めた。主催者として、侯爵家娘として、大人の女性として。
(当初の目的は……まぁ、いけたかしら……)
友人からアドバイスを貰う。その目標は達成できたように思えていた。
まとめるとこうだ。
・少しくらいは強気に触れてもいいんだよ
・もらった装飾品はちゃんと身につけよう
・贈り物は自分のカラーをイメージしよう
・たまには外泊したって問題はないんだよ
それら一つ一つを噛み締めながら、今後のことを考える。
まずは一つ目。
これはちょっとだけ勇気がいるが、少し身を寄せるようにしてみようと思う。そうしたら肩とか腰とか、手を回してくれるかもしれない。そこからさらに身体を預けるようにしてみる。そのまま流れで、なんてことになるかもしれない。いや、きっとなるに違いない。
(完璧なプランだわ)
『よしよし』とうなずき『にへら』と笑って、サラダに乗ったトマトをつんつんしながら皮算用をした。さっさと食べればいいのに。ルークが不思議そうな顔をする。
次、二つ目、三つ目。
これは特に問題ないだろう。重要なことを知れて良かったと思う。
今度から、贈られた物の意図を意識してみることにする。贈る際は、しっかりと自分のイメージに合うものを考える。彼と会う時に、今まで通り振る舞えるかは少し怪しい気もしたが、それくらいはできるようになりたかった。
(ここまでは問題ないのよね……)
そう、ここまでは問題ない。ここまでは。
「でも最後のは無理よ……!」
「姉上!?」
トマトをフォークに、いや、フォークをトマトに『ぐさっ!』と刺して、テーブルに突っ伏す。その行動に、ルークも給仕練習をしていたコリーナもビクッとした。
それに気付かずとろとろと顔をあげ、もさもさとトマトを口に放り込み、もしゃもしゃと咀嚼する。ほどよい酸味が彼女の頭を冷やし、再び考える余裕が生まれた。
両親に頼めば、問題なく許可を取れる気がする。向こうは驚くかも知れないが、よくよく思うと夫人として嫁ぐのだから、相手の領地や屋敷を下見するのはなんの違和感もない。『婚約者の生活を知っておきたい』と言えば、断られることもないだろう。
だがしかし。
「それとこれとは話が別なの……!」
「本当に大丈夫ですか姉上」
そうするためには自分が言い出すのだ。『お泊りしてもいいですか』と。
言えない、言えるわけがない。
なにが狙いだ?
夜這いか?
欲求不満なのか?
そんなことを少しでも思われたら。
(もう生きていけなくなっちゃう……)
スプーンに持ち替え『うっうっ』と泣きそうな声を出しながら、スープ皿をかちゃかちゃする。
百面相な彼女に、ルークはもう何も言わなかった。
コリーナはあわあわして、手を伸ばしたり引っ込めたりする。なんでこんな時に誰もいないのか、と先輩の助けを待つような顔をしていた。
(せめてお誘いなら……)
そう、せめて向こうから誘ってくれたら、まだ自然に対応できる気がする。
お泊りですか? ありがたく存じます。ではこの日などどうでしょう?
そうだ、それくらいはできる。できるはずだ。決して慌てふためかず、淑女として、大人として冷静になれる、と思う。
自信はまったくなかったが。
「はああぁぁぁ……」
盛大なため息を吐き、パンをぶちりと千切って、ハムスターみたいにもくもく食べ始める。
ある程度の奇行がおさまった彼女に、ルークがおそるおそる話しかけた。
「あ、姉上」
「……あら、なぁに? ルーク」
反応してくれたことに、ルークがほっとする。
「その、なにがあったかは、僕からは聞きません。ですが、話せるならどうかお話ください。姉上が辛い思いをするのはイヤです」
「ルーク……ありがとう。貴方はそのまま……そのまま? ……そのまま成長しないで、今の子供のままでいてね」
「なんですかそれ!?」
姉からの『お前成長すんなよ』発言を聞いたルークが愕然とした。
驚愕する弟の姿を見て、アリスはまた心のなかで謝罪する。
……それ以上貴方が成長しちゃうと、お姉ちゃん、惨めになっちゃうの。
朝食を終え、ルークは自室に戻っていった。
本来なら学園に通っているはずのこの時季。休校中の今だからこそ、彼は自習に励んでいる。アリスが使っていた教材も譲り受けた彼は、今のうちにライバルに差をつけようと張り切っていた。
刺繍の続きでもしよう。
重たい頭で考えたアリスが自室に戻る廊下を歩いていると、ミシェルと出会った。
「お嬢様、よいところに」
「あら、どうしたの?」
「お嬢様にお手紙です。リチャード様から」
「リック様から!?」
ミシェルの手には便箋が一つ。クライン公爵家の封蝋が捺されていた。シンプルな白地に、金糸がワンポイントになっている。
(あ、金色……)
気づいてしまった、覚えてしまったそれを見て、アリスが赤くなる。
ミシェルから大事そうに受け取り、宝物のように胸に抱えた。
「よかったですね」
「ええ……」
目を閉じ、ぎゅっと手紙を強く抱く。
『皺になりますよ』と言われて、慌てて胸から離した。
「えっとね、ミシェル」
「はい、部屋にお戻りですね。ご安心を。しばらく誰も近寄らせないようにします」
「うん、ありがとう」
ミシェルに先導してもらった彼女が、自室まで歩く。『お手紙、お手紙』と嬉しそうに、スキップしてしまいそうな足取りだ。
すでに悩みは吹っ飛んでいた。単純だから。
自室に着くと、ミシェルはお辞儀をしてから離れていった。部屋にはアリス一人だけとなる。
いそいそとビューローに向かい、ペーパーナイフを取り出す。
開封前に、便箋を手にとってちょっと眺めてみた。美しい金糸がきらきらとしている。
「り、リック様のお目のように美しいです……」
『きゃっ』と頬に手を当て、便箋がすとんと落ちた。慌てて拾う。ひん曲がったり、傷がついていないことを確かめて、ほっと息を吐いた。
思わず部屋の中をきょろきょろと見る。誰もいないはずなのに、なんだか非常に恥ずかしかった。
それにしてもお手紙なんて。なんてにくいことをするのか。
会話は、やろうと思えばいつでもできる。チャネルを繋げばいいだけだ。
だけど向こうは重要なお勉強タイム。連絡なんて、そんな迷惑をかけそうなことできるはずもない。
だからこそのお手紙。これまでも何枚かもらっていたが、やっぱりこれはこれで気持ちが昂ぶる。もちろん、声が聞けたほうが嬉しいのだが、愛しい方からのお手紙というのは興奮するものだ。
無理をして破かないように、余計なところに切り目をつけないように。細心の慎重さで封蝋から切り離す。その手付きは爆発物処理のそれに近かった。
ぴっと切り取って、便箋から手紙を取り出す。ぴらり、と開いてみると、彼の字で近況が書かれていた。
『前略 ご無沙汰している。貴女は如何お過ごしだろうか。』
「あいかわらず綺麗な文字ね……」
アリスも文字の美しさには自信があるが、リチャードのそれもまた、あの外見からは想像ができないくらいに、丁寧でお手本のような字だった。
頭を悩ませて書いてくれた? 何度も書き直してくれた? 私のことを想像して書いてくれた?
もしそうなら。
手紙に向かってうなっている彼の姿を思い浮かべ、にまにまとだらしない笑みを浮かべる。
まだ最初の一文しか呼んでいないのに、表情を保てそうになかった。こんなところ誰にも見せられない。ミシェルにだって隠す。
『急な手紙、失礼する。』
『本当は直接話したいのだが、懇到で貞淑な貴女のことだ。こちらの状況を慮ってくれているであろう。そのため、このような形を取らせていただいた。』
やっぱり向こうも直接連絡は憚られていたようだ。想いが通じ合っているようで嬉しくなる。それに、文面の節々から感じられる優しい雰囲気に、胸が熱くなった。
『こちらの状況だが、すまない。早くてあとふた月はかかる見込みだ。』
『その、とある事が原因で長引いてしまった。本当に申し訳ない。』
「ふた月……」
あとふた月。会えない。長い。辛い。悲しい。苦しい。
気づかぬ内に頬を涙が伝っていた。ぽたぽたと、手紙に雫の後が着く。
「あっ!」
急いで袖で目元を拭う。令嬢あるまじき仕草だが、そんなこと気にも留めなかった。
乾燥の魔法を唱えるが、なんだか上手く使えない。出力が弱い。なかなか乾かなかった。それにしても、『とある事』ってなんだろうか?
『アレフにも手伝ってはもらっている。可能な限り早く終わらせよう。それまで貴女は待っていただけるだろうか。』
「アレフ様がんばって!」
アレフが聞けば『なんだその斜め上の応援は!?』と憤慨しそうなことを、手紙に向かって叫ぶ。
「寝ずに済む魔法でもかけてあげようかしら?」
アレフが聞けば『俺は奴隷か!』と激高しそうなことを口にした。
『終わらせた暁には、貴女にいの一番に会いに行こう。その時、貴女のその美しい笑顔で迎えてもらいたいと思う。』
『そして、これは、もし、貴女がよければ、なのだが』
「美しい笑顔だなんて! もう、リック様ったら!」
ついさっきまで涙を見せていたのに、もう笑顔。ころころと表情を変えるそれは、間違いなく子供だった。
内容が意味深だったため、なんだろう、と続きを読み進める。
『貴女を屋敷に招待してもよいだろうか。』
「えっ──」
『そして、もし嫌忌でなければの話だが、一晩、過ごされてみては如何だろう。』
『いずれ貴女を迎える際の、予行演習を開きたい。』
ぱあああぁぁぁ……!
手紙から後光が差すようだった。何度も何度もその部分を読む。やはり同じことしか書いていない。
まさか昨日の今日でこんなことになるなんて。夢じゃないのかしら。そうよ、昨日あんな終わり方したんだもの。まだお熱があって、寝込んでいて、そろそろミシェルが起こしに来るのよ。
ほっぺをつねる。痛くない。
どきっとして、わりと多めの魔力を込めてもう一度つねってみた。
「いひゃいわ」
じんじんとするほっぺを擦って現実であることを認識する。途端に顔が熱くなってきた。
やだ、そんな、どうしよう。飛びつくのもなんだか破廉恥な気がする。でも、せっかく誘ってくれているんだし、断ったら悪いわねきっと。うん、お誘いなんだから受けないと。えっと、お泊りに必要なものって、お着替え、歯磨材、化粧水、美容液、クリーム……えっとえっと、あと必要なものって、タオル……は向こうにあるはずだからいいとして。ってそもそもミシェルを連れて行くんだから、任せればいいのよね? でも、忘れ物でもしたら失礼だし、何度もチェックすべきよね。どうしよう、明日から準備したほうがいいかしら? 二ヶ月以上も先だけど、早いに越したことはないわよね。あ、やだ、どうしよ。えへへ。寝室も、一緒なのかな。さすがに別よねきっと。でも一緒だったら……えへぇ。あ! 精神を鍛えておかないと! 黙り込んじゃったら失礼だし、余裕ある態度を崩さないようにしないと。覚えていません、なんて許されない。だってこれはそう、嫁ぐ際の予行演習だから。初日から倒れるわけにはいかないもの。それにしても『予行演習』ってところがリック様らしくて可愛い。可愛すぎてにやけそうになっちゃう。あれ? 予行演習ってことは、奥さんとして、なの? え、嘘。じゃあリック様は旦那様? え、嘘。ってことはってことは、その時リック様をどう呼べばいいのかというと──
「あなた……?」
ひええええええええ、と顔を覆って、ビューローをばんばん叩く。
その時、ちょうど階下にいたコリーナは、びくっとして天上を見上げた。
「あっ!」
うつむいていた顔をばっと上げて、
「ら、ランジェリー──新しくて──可愛いやつ──」
やああああああああ、とまた顔を覆って、床をどんどんと蹴る。
コリーナは泣きそうな顔で下の部屋から逃げ出していた。
「と、とりあえず最後まで読みましょう、そうしましょう」
未来の自分に丸投げして手紙を持ち直す。握りつぶさなくて良かった、と息を延ぶ。
『我が家の使用人たちも楽しみにしているゆえ、ぜひよい返事を待っている。』
『それでは、身体に気をつけて過ごすように。寂しい思いをさせてしまってすまない。』
『私と貴女の未来が、素晴らしいものであることを願っている。』
『草々』
『追伸 ハンカチ、受け取るのを楽しみにしている。』
読み終え、手紙を綺麗に折りたたみ、便箋に戻してまた胸で抱きしめる。
返事なんてとうに決まっていた。忙しく、そして楽しくなりそうな予感がする。
「私も、貴方と良き未来を歩みたく存じます……。リック様、愛しております……」
呟かれた声には、万感の想いが込められていた。
こつ、こつ、こつっ。 ……こつ、こつ、こつっ。
先ほどから聞こえてくる音に、机に座るアレフはげんなりした。言わなきゃ良かったと後悔する。
音のせいで執務にも身が入らない。自分だけの分ではない。もうひとりの分も、ここ数日まったく進んでいなかった。
この前は自分の軽口のせいでもあったし、そのぶん期日が延びてしまったのも申し訳なく思っている。
だがしかし。
手紙を出したくらいで、手に何付かずとは誰が思うだろうか。
(俺は悪くねぇ!)
そんな台詞を心中で叫んで、音の発生源を怨敵のような目でにらんだ。
「──落ち着いてくださいよ、リチャード様」
その声に、執務部屋で行ったり来たりを繰り返していた己の主、リチャードは動きを止めた。
「届いて」
「……なんでしょうか」
「届いて、しまっただろうか……」
恋する少女のような目で窓の外を見るリチャードに、アレフはいらっとした。
出したんだから届くに決まっているだろボケ。
そう言いたい気持ちを堪えて、仕事モードである時の自分の声を続ける。
「もう出してしまったんだから今さらでしょう」
「だが!」
ぐりん、とこちらを向いたリチャードは、泣きそうな顔をしていた。
アレフが苦虫を潰したような顔をする。『うげぇ』と小さく声も出た。
聞きたくはなかったが、一応主従な関係である以上、放置もできない。諦めてモードを維持したまま話しかける。
「なにか気になることでもあるんですか」
「彼女が『うぇっ』と顔を顰めているかもしれない……」
リチャードが泣きそうな顔をさらに進化させて、うつむいて涙をこらえる仕草をした。はっきり言って気持ち悪かった。
リチャードは手紙を出してからというもの、相手の反応に気が気でないようだった。
気持ち悪がられたかもしれない。下心のようなものに誤解されたかもしれない。
なにが狙いなの?
身体目当て?
欲求不満なのでしょうか?
そんなことを彼女に少しでも思われたら。
「もう生きていけなくなっちゃう……」
実際はそんな乙女風味ではなかったのだが、リチャードはそんなことをつぶやいた。
そのリチャードを落ち着かせるように、アレフはイヤイヤながらも、優しげな演技で宥める。
「添削はしましたし、失礼なことは書いておりませんよ」
「だが!」
効果なし。アレフはため息を吐いた。
いい加減に鬱憤も溜まってきたので、徐々に刺々しい口調になる。
「だったら誘わなきゃよかったでしょう」
「嫌だ。彼女と寝食を共にしてみたい」
「でしたらどんと構えていればいいでしょう」
「だが!」
「……なら今からでもキャンセルすればいいでしょう」
「バカを言うな! そんなことできるか!」
「…………では準備を進めればいいでしょう」
「だが!」
ぷつん。
アレフの中で、確かに何かが千切れるような感じがした。
「だがだがうるせー!」
机を思い切り蹴飛ばす。派手な音を立てひっくり返り、書類が吹雪のように舞った。
傍に控えていた侍女は、わかってましたと言わんばかりに避難する。机が倒れる前、カップとソーサーをさっと奪って、部屋の隅に移動した。
「なにをする!」
「今さらぐだぐだだがだが言いやがって! もうなるようになれだろ!」
「だが物に当たるのはよくないだろう!」
「て・め・えのせいだろーが!」
醜く言い争い、取っ組み合うかのようにぎゃーぎゃーと暴れる。
侍女は澄ました顔だ。慣れることが肝要だった。
「だいたいなんだ! そのでかい体ははりぼてか! この小心者が!」
「なんだと! 貴様にはわからんのだ! この繊細な心が!」
「せんさいなこころぉ~~!?」
一語一句強調し、小バカにするような感じで言う。
「なにか文句でもあるか」
「……はっ」
「貴様!? 鼻で笑ったな! いま鼻で笑っただろう!」
「笑ったからなんだ!」
「なんだと!」
「んだこら!」
お互いふぅふぅと肩で息をして、血走った目でにらみつけ合う。
「……貴様とは、一度決着を付けるべきか」
「おおお? やったろうじゃんかぁ。最高神だかなんか知らんが、また昔のように閉じ込めてぴーぴー泣かせてやるわ!」
「昔は関係ないだろう!?」
「なんだ怖いのか? 怖いのかよ公爵令息様?」
「いいだろう! 後悔させてやる!」
リチャードがゲートを出した。アレフは腕まくりをして後に続く。
入る直前、侍女がぼそっと呟いた。
「……こんな状態で、迎えられるんですかね」
二人がぴたりと足を止める。続いて、まったく同じ動きで侍女を見た。そのあと顔を見合わせる。最後に部屋の惨状。
書類が床に散らばっている。机は横っ倒しだ。陶器類は侍女のおかげで無事だったが、印鑑や万年筆はどこかに転がったのか、見当たらない。
ここが我が執務室だ。そうして彼女を案内する。この部屋に。
「……すまなかった」
「いや、俺の方こそ……わりぃ」
「片付けるか……」
「そうだな……」
二人は大人しく書類を片付け始めた。侍女も手伝う。
「申し訳ございません、アリス様……」
そう遠くない内にやってくるであろう、仕えるべき未来の夫人に、紙束を抱えた侍女はぽつりと謝罪した。
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