第7話 お茶会

「ようこそいらしてくださいました。ナナリア様、ニーナ様」


 侯爵家中庭にある庭園で、アリスが丁寧にお辞儀をした。ドレスのドレープ部分をつまんで、完璧なカーテシーを魅せる。

 本当は部屋に招き入れる予定だったが、これまたよく晴れたため、急遽ガーデン形式で行こうとなった。


 庭園はアリスの母親の趣味だ。咲いているのは薔薇。赤、白、青と、色豊かに咲き誇っている。管理しているのは主に庭師だが、母親も時間を見つけては剪定や手入れを行っていた。たまの休みで家族が揃った日には、スチュアート侯爵家はこうして同じようによくお茶をしてきた。


 今日のアリスは深い蒼のドレスを着ている。

 ドレープが波のように見えるため、まるで海をそのまま着ているかのような仕上がりを見せた。銀色の髪によく似合う、青と紫を基調とした髪飾りをつけている。胸元には金色の宝石が散りばめられた、見事な飾りが目立っていた。


 女子相手なので、いつもは悩むドレスタイプも今日は気にしない。好みをそのまま選択していた。


『お招きにあずかり、ありがたく存じます。アリス様』


 アリスの挨拶に、こちらも綺麗なカーテシーで返す二つの声。


 一人は黒に近い濃紺の髪を長く伸ばし、髪と同じ色の瞳を持つはつらつとした女性。ドレスも髪色と同じ黒に近く、大人な女性の雰囲気が漂っている。凹凸は少ないがスレンダーであり、スタイルの良さが垣間見えていた。


 もう一人はピンクブロンドをふわふわさせた女性だ。やはりドレスも白とピンクを基調としており、少々子供っぽくも見えるが、逆にその子供らしい色が純真無垢な印象を強くする。持つ胸も控えめだからか、より一層きわ立っていた。


 表門の外に目を向けると魔導車が二台。アリスが送迎用に手配し、二人を迎えてきてくれたものだ。そのまま待機し、帰りもそれぞれ送ってくれる手はずとなっている。


 魔導車はここ数年で開発、実用化されたもので、一般的にはまだまだ普及していない。王妃と、第二王子であるウィルフィードが主体となって取り組んできた。魔力を導力とし、馬車より圧倒的に早いが、その魔力充填の効率化と容易化、そしてお値段が目下の課題だ。彼女の両親も協力しているため、今回はそのお零れに預かった。


 魔導車の側には、動きやすさを優先したような簡素な服を着た女性が二人。どちらも警護として同行してきた者である。スチュアート家に使えている護衛と、何やら話し合っていた。


 挨拶が終わり、三人がしばし見つめ合う。

 少しすると、黒髪の女性が優雅な微笑みから一点、勝気そうなその顔によく似合う悪友のような顔に変化した。


「久しぶり、アリー! 卒業旅行以来じゃない! もっと呼びなさいよ、こっちにも来なさいよ!」


 以前と変わらない友人の声に、アリスも侯爵令嬢然としていた表情を崩した。


「ナナリー、来てくれてありがとう! もっと会いたいとは思うのだけれど、なかなか時間が、ね」

「どうせあの人絡みで悶々しているだけでしょ」

「うっ……そんなことない、わよ」

「さっさとぐわーっと押し倒せばいいのに」


 友人がぐわーっとしたポーズを取る。


「で、できるわけないでしょう!?」

「そうよね」

「……そんな簡単に納得しないでよ」


 ナナリア──ナナリーは、アリスの数少ない友人の一人である。早くから学園を社交場として認識し、勉学のかたわら婿探しに奔走していた。見た目同様に大人びており、アリスも何度も相談してきた。当然、恋のことも。


 そのたびにアリスは思う。自分はこの女性のようにはなれないことを。


「アリーちゃんもナナリーちゃんも変わらないねー」


 二人にのんびりとした声がかけられた。


「ニナも来てくれてありがとう。あいかわらずふわふわね! あとでさわらせてね」

「アリーちゃんのきれいな髪もねー。髪飾りもいいね、よく似合ってる」

「ありがと」

「それにその胸飾り……むふふー」


 口元に手を当てて『ぐふふ』と笑うが、


「なぁに?」

「え? えーっと……なんでも、ないよー?」


 首をかしげるアリスに、出鼻をくじかれたように言った。


 もう一人の友人であるニーナことニナは、その髪のようにいつもふわふわとしていた。泰然自若、掴みどころがない。何を言われてものんべんだらりとかわして、自分の言うべきことは言うスタイルを持っている。アリスが見習う部分はたくさんあるだろう。


「そうそう。これ、お土産よ」

「私も手土産があるよー」

「まあ。二人とも、ありがとう」


 二人の連れである侍女から渡された手土産を、ミシェルが受け取る。お菓子と茶葉らしい。せっかくだからこの場で使いたくなったアリスだが、相性が気になる。

 ミシェルを見ると、軽くうなずいてくれた。どうやら向こうもその気のようだ。屋敷に引っ込んでいった。


 女三人寄ればかしましい。席は用意しているというのに誰も座らず、その場で突っ立ったまま再開の喜びを分かち合う。


 戻ってきたミシェルが見かねて声をかけた。


「お三方とも。まずはゆっくりなされてはいかがでしょうか」

「あ、そうね、ミシェル。みなさん、ごめんなさいね」

『いいえ』


 侍女らが揃って頭を下げる。


「お久しぶりですミシェルさん! やっぱり主いのちですか?」

「ミシェルさんは昔からアリーちゃん大好きだもんねー」


 二人がミシェルに笑顔を向ける。

 この三人は面識があった。学園に通っていたころ、アリスが何度も別邸に招いていたのだから、当然と言えば当然ではあるが。


「ニーナ様、ナナリア様。お嬢様と変わらずお付き合いくださり、ありがとうございます。そして今もこれからも、お嬢様は私のものです」

「私は物じゃないわよ」

「そんな」

「だからその顔やめて」

「お熱いわよね」

「だね」


 アリスらが席に座る。


 もらったお茶とお菓子をミシェルが用意した。相性は問題なかったようだ。アリスの前にも同じように運ばれる。


 本当はコリーナにも給仕をさせたかった。この前と同じ、友人だけなら気負わずに済むだろう。それに、今回は形ながらもスチュアート侯爵家主催。さぞかしいい練習になったはずだ。

 しかし運悪く、コリーナは侍女の集中研修で王都へ出張中だった。帰ってくるのは今日の夜。スケジュールを調整していた時の、泣きそうになっていた顔が思い出される。


「なんだか珍しいお菓子ね?」


 テーブルの上に置かれたニナ持参のお菓子を、ナナリーがまじまじと見た。


「マキャロンって言うらしいよー。卵をちょっと変わった使い方してるみたい」

「さすがフェスタ侯爵家ね。流行の先取りが早いわ……あ、美味しい」


 アリスが一口食べて顔をほころばせた。


 茶会では本来、持参者が先に食べるのが礼儀である。毒なんて入っていませんよ。そう言っているのだ。

 だが、誰もそんなことを気にする様子はなかった。


「ありがとー。お茶もばっちり合うね」

「そうね。渡されたものをその場で使うのはなんというか……スチュアート侯爵家ね」

「褒められているのかしら?」

「褒めてるわよ」


 そうして茶会は始まった。

 しばらくはどうでもいい話に花を咲かせる。


 相変わらず見事な庭園ね。うずうずする……。

 薔薇きれー。

 ありがとう。母も喜ぶわ。

 アリーはやらないの?

 たまにやってるわよ。

 どんな?

 ……庭師の言った通りにぶつりと切り落としています。

 ……それやってるって言うの?

 ……言わないかな?

 ……言わないわよね。


 二度目だけど、魔導車って相変わらず凄い速いわね。

 そうだよねー。何度か乗ってるけど、馬車にはもう戻れない感じだね。

 あのゆったりさも、嫌いではないけどね。

 あまり揺れないのよね。

 お尻も痛くならないんだよー。

 王妃殿下と第二王子殿下も、凄いものを考えなさったわね。

 ご両親も協力しているのよね?

 ええ、そうね。

 愛の結晶だね。

 アリーらも協力したらどう? 愛の結晶よ。

 ななななな何を言っているの!


 担任だったヴァイス先生が、とうとう結婚をしたみたいよ。

 ええ、あの万年フラレ病の先生が!?

 土下座を連発したのが決め手だったみたい。そんなダメな人放って置けないって。

 それあかんやつじゃないかな?

 やっぱりそうよね。ダメな人ほど可愛いとは言うけど、一生の相手としてはね。

 そうかぁ……結婚かぁ……。ダメなリック様……ふふ。

 アリー?

 アリーちゃん?


 王都の劇場でやってる新作が、けっこうな人気みたいだよー。

 へぇ、どんな?

 なんか平民が王子に近づいて、懇意になるんだって。

 無理じゃ、ない?

 無理よね。

 でも平民は王子の婚約者からの嫌がらせにも負けずに、仲を深めていくらしいよ。

 嫌がらせ? もっと直接やるでしょそれ。

 婚約者がいるのに!?

 え、そこ?

 あくまでお話だからねー。

 平民とくっつくとか、そのあと地獄よきっと。

 もう、夢がないなー。

 婚約者がいるのに……え、そういうの、あるの……?

 もしもし?

 あくまでお話だからねー!?


 新しい政策が施行されるみたいね。

 ああ、フフフ王が力入れているってやつ?

 ファイネス王って言いなよー。不敬だよ。

 いいのよ。みんなそう言っているもの。

 王家をフフフ王とかウフフ王子なんて呼ぶって、この国ちょっとおかしいわ。

 それだけ親しみあるってことじゃない。

 そうね……そうなのかしら?

 いや不敬だよ……でも政策は楽しみ。

 女性の社会進出に関したものだっけ?

 そうそう。お家のための結婚から、自分のための結婚に変わっていくよきっと。

 自分のための結婚……。


 それにしても、まさか学園があんなことになるなんてねー。

 そうね。ルークも言ってたわ。

 ああ、あの可愛い弟ちゃんね。元気してる? 戻ってきてないの?

 ……あら、ルークになにかご用?

 アリーちゃん……目が怖いよ……。

 笑顔なのに真顔やめて。 ……相変わらずブラコンなのね。

 大切な弟ですもの。

 お姉ちゃんできてるー?

 むぐっ!

 できて

 ないねー。


 あれやこれや。

 お茶とお菓子と会話をひとしきり楽しむ。


 やっぱり友人だけのお茶会は楽しい。これが他人となると一気に胃が痛くなるけれど。開催してよかった。


 そう考えたアリスだったが、心の隅ではタイミングを見計らっていた。


 でも、アドバイスはいついただこうかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る