第6.5話 スカイドラゴンくんの災難
その日、要監視対象とされているそれはいた。
竜種。最強の存在。
あらゆる伝承、伝説に漏れず、この世界でも竜種は驚異だった。
まず、大きい。
人間など簡単に踏み潰せる巨体を持っている。亜竜など例外もあるが、純粋な竜種はどれも巨大だ。巨体である分生命力も高く、傷を負ってもたちどころに回復してしまう。大きな翼をはためかせて起こす風は、それだけで近づくことを困難にさせる。
知能も高い。
人間の言葉を理解でき、老練の竜種であれば会話をすることも可能になる。柔な戦術では簡単に打ち崩されるだろう。
ブレス攻撃も強力だ。
人間とはそもそも構造が違うが、体内に特殊な器官を持ち、そこから莫大な熱量を放出する。低ランクの結界や防御魔法は、それだけで簡単に破壊されるほどだ。
一番驚異となるのは、その魔法力。
人間と違い、より神に近いそれは、魔法の詠唱を必要としない。竜にしか使えないと言われる固有魔法もある。それはまさに天災ともいえる威力だった。
ゆえに、竜種がひとたび人間の敵に回ると、人類は破滅する。伝承では、逆鱗に触れた大国が群れに襲われ、一夜で壊滅したという話があるほどだ。
ただ幸いなのが、ほとんどの竜種は温厚であり、何もしなければ基本的には人を襲わない。姿を見かけるのも滅多にあることではなく、一部では幸運、信仰の対象ともなっている。
人々は竜種を奉り、その暴力がこちらに向かないよう、上手に付き合ってきた。竜種も理解してくれているのか、人里近くに現れることはなかった。
しかしごくごく稀に、逸れ竜という、竜種からも追い出されるものが出る。彼らは生き残るのに必死になるため、人間も躊躇なく襲ってくる。ほとんどは同僚に殺されるが、逃げ出したものは人里にも現れた。
そのため人類は、竜の動向を常に監視している。探知魔法を駆使して、即時発見に日夜努める。専門の職があるほどだ。全てをカバーできるわけではないが、各国協力して人数を増やし、王都だけでなく各街に派遣をしている。魔法でなくても、姿を見かけた際、有力な情報提供には少なくない褒賞が与えられる。
討伐には全ての戦力が集められる。
高ランクの冒険者、傭兵、果ては宮使いまで駆り出され、短期決戦に持ち込まれる。長引けば長引くほど被害が大きくなるのだ。対岸の火事、と軽んじる国はない。次にその牙を向けられるのは自分たちかもしれないのだから。普段は冷戦状態になっている国同士ですら、竜相手には協力を惜しまない。討伐貢献者には一生の富が与えられた。
竜種に比べたら人間なんてちっぽけな存在である。本来は。
そしてその竜種──
お腹も減っていない。つがいを見つける旅を気ままに楽しんでいた。
ニンゲンには特に興味もない。住処や縄張りを荒らされたのなら別だが、こちらから仕掛けることはない。むしろ、祭壇に捧げものをされてきたくらいには信仰対象となっていた彼である。そのお返しにと、逸れに襲われたときには助力に向かってもいい、とまで考えていた。
そうして飛んでいた時、それを見てしまった。
ニンゲン?
ニンゲンが宙に浮かんでいた。魔法の発動は感知できない。
ほんの少し興味が湧いた。いつもなら無視して過ぎ去るが、自分のような翼もなく、飛ぶ術と言えば魔法を行使するしかない、地を這う蟻のような存在が、自分と同じように当たり前のように空を飛んでいるのだ。
眺めていると、あらゆる光がそのニンゲンから放たれた。蒼緑赤白黒と何度も明滅しては、中心から球形に覆われたり、空に向かって閃光が伸びていく。
ニンゲンにしてはなかなかの魔法、魔力だった。詠唱をしているようにも見えない。自分たちに近い存在であるように思えた。単属性でもないように感じる。複数の属性を練り込んでいるのだろう。それは自分たちが行使する魔法に近かった。
美しい光景のそれは、自分にも少しばかり感動を与えたようだ。もう少しだけ眺めてみる。
悪寒が走った。
先ほどまでとは比べ物にならない魔力が、そのニンゲンを中心に渦巻いた。大気が震えているように感じる。魔力圧が物凄い。ヒトより探知に秀でている竜であるからこそ、その力をありありと感じてしまった。
なんだ、これは?
これまで長く生きてきて、感じたことのない情が内から湧いてくる。目が離せない。さっさと飛び去ってしまえばいいのに、身体が動かない。捕縛でもかけられたのかと思ってしまったほどだった。
竜眼で見てしまったのも不味かった。自分には到底真似できそうにもないほど膨大な魔力。これは本当にニンゲンか?
固まる自分をよそ目に、相手が魔法を行使したようだ。圧倒的な力が上空に舞い上がっていった。つい目で追ってしまう。
あれに自分は耐えられるだろうか?
形はなんとか保てるだろう。だが回路は全て切断され、翼は無残に撃ち抜かれ、飛行能力を失い大地に激突する未来しか見えなかった。
身体が震える。初めての経験だった。屈辱とも思えない。それほどの光景だった。
と、そのニンゲンがぐり、とこちらを向いた。ばっちり目が合ってしまう。ヒトの視力では到底見えない距離であるにも関わらず。
そのニンゲンの瞳は。
『来る?』とでも言っているかのようだった。
ギャーーーーーース!
『何あれ! 何あれ!』と、己の力を振り絞って全力で逃げた。
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