第1章 その令嬢、ぽんこつにつき

第1話 スチュアート侯爵家

 フェレニア王国。豊かな土壌と清冽な水に恵まれた、広大な国土を持つ強国。

 歴代の王はいずれも名君であり、周辺国と足並みを揃え、民を重んじ、国力を成長させてきた。


 そのフェレニア王国を支える貴族の一つ、スチュアート侯爵家。侯爵家筆頭であり、公爵に匹敵する家格と品格を兼ね備えた、高位貴族。

 当代スチュアート侯爵は柔らかな性格であり、領民からは良き大領主として親しまれている。

 そんな夫を支える夫人も、その美貌と人柄から社交の華と呼ばれており、男女問わず多くの人から愛されていた。


 だが、スチュアート侯爵家が力を持つ理由は、ただ単に性格や手腕だけではない。

 それだけの力があったのだ。比喩ではなく、本当に力が。


 夫である侯爵は、子供の頃からたびたびに屋敷を抜け出し、学園を抜け出し、薬の元となる薬草の採集や人の生活を脅かす魔物の討伐といった依頼を斡旋する施設、ギルドに足しげく通っていた。そこに所属する冒険者──未知への探究や魔物からの驚異を取り除く荒くれ者──に混じって、あらゆる依頼をこなしていたのだ。

 見たことない者は言う、眉唾だと。特に同格の侯爵や格上の公爵は鼻で嘲笑っていた。

 そんなことがあるもんか。仮にあったとしても、なんて野蛮人か。貴族の風上にも置けない。侮蔑を込めて、スチュアート侯爵家はよく嘲笑われていた。


 だが、先代侯爵はまったく動じなかった。


『ただ好きなことをやらせているだけ。愚息なことはたしかだが、貴様に高ランクの魔物が倒せるのか?』


 やれるものならやってみろ。言い返すことができる者はいなかった。あとは陰口を叩くだけだ。


 通常、貴族は魔力が高い。脈々と受け継がれてきた血がそうさせる。稀有な能力も平民よりは多かった。

 だが、その力を純粋に使おうとする貴族は少ない。派閥の争い、権力の拡大、王家への売込。そうした僻事にしか活かさないのがほとんどだ。

 そして、スチュアート侯爵は魔法が使えない。生まれや血が、というわけではなく、単に魔法不器用だった。だからこそ不愉快な思いをする貴族が多かった。


 しかし、侯爵は魔法はともかく、その卓越した剣技を存分に振るい、領民都民のために、自らを危険に晒す真似も辞さなかった。

 農民にも気さくに話しかけ、問題点を聞き取り、実家に申し建て、改善を成していく。これで人気が出ないわけがない。


 ある戦場で出会ったという美しい娘を連れて、喋々喃々な姿をよく見かけるようになってから、それはさらに加速した。

 皆が口々に囃し立てた。お似合いだ。自分も見習わないと。早く子供を授かってほしい。誰もが祝福の言葉を捧げた。


 スタンピード。魔物の群れが活発化していた時期も、彼ら二人が駆け出していく様子を目にする者は多かった。

 夫人もまた、素晴らしい魔法の才能があり、その力を駆使して、まるで恋人と競い合うかのように先陣を駆け巡った。

 毎日のように早朝から飛び出し、夜遅くどろどろの姿になるまで、お互いを、民を護る。その頃には侯爵家を馬鹿にする者はいなくなっていた。


 その後に開かれた結婚式は盛大だったという。


 ほどなくして、第一子が産まれた。玉のような女の子だ。

 屋敷では大掛かりな誕生祝いが開催された。来る者拒まず、オープンに催されたそれに民は集った。さすがに触れることはできなかったが、遠目に見たその子は可愛く、無邪気だった。


 その子は逞しく成長していった。親に連れられ、お披露目のように民に寄り添っては、はしゃいで走り回る。まるで奇跡のような少女だった。


 数年もする内にどんどんと美しくなり、いつの間にか、これも美しい侍女を傍らに置いていた。

 その力は凄まじく、父親譲りの剣技と母親譲りの魔法を、軽々と使いこなす。噂では、国が総力をあげて実行されたとある討伐作戦でも、彼女の功績が大きかったという。


 そうしてスチュアート侯爵家は、その権力、偉力をもってどんどんと栄えていった。

 領民は誰もが感謝する。飢えも不作もなく、豊かに暮らせることを。


 そしてそのスチュアート侯爵家屋敷で、噂の美しき令嬢が可愛らしくうなっていた。

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