第5話


カランカラン、とドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ。」

店主は順一たちのもとを離れ、新しい客にお冷やとおしぼりを用意し始める。

やっぱり、愛想はない。


「お、やっぱり、ここからよく見えますな。あちらの端っこの倉庫ですよ。」

色男というべきか、金髪の身なりのよい男が店に入るなりストアウインドウの外を指差す。薬指に指輪があり、この世界にも結婚指輪の概念があるようだ。


「あの倉庫? 聞いていた話と違うじゃないですか。川から離れてますし、不便そうじゃないですか。私が頼んでいたのは、古くてもいいから利便性の高い物件ですよ。」

金髪の男の次に店に入ってきたガタイのいい男が、イラついたように言う。顔つきはベータに珍しい【ガーダルシア】に多い人種に見える。体つきも店主のムキムキ筋肉と似ていて、もしかしたら軍人上がりかもしれないと順一は考え、ホームズを見たが、彼は特に何も言わなかった。

商売をする人間は区分けに関係なくベータ地区に住居を構えるそうだ。区分けは絶対と言うわけではない。

彼らは喫茶店で商談なのだろうか。

「そうは言いますが、あの物件は建国時から建っている、つまりあのガーダルシアを区分けした土魔法使いが建てたものなんです。鍵がなければレイスすら入れない魔道具と言われています。証拠の書類もありますよ━━あれ、出して。」

「は、はい。」

一番最後に入店した痩せた小柄な女が、慌てたように鞄から書類を出して追いかける。金髪に書類を渡しているところから、秘書のような仕事なのだろう。


「マスター、コーヒー三つね! ━━━マアマア、物件について詳しく説明をさせてくださいよ。」

彼らはそんな言葉を残し三人は奥の席に座り、順一たちの席から見えなくなった。



「痩せている無属性ってのもいるのかね? 」

「ん? そりゃあ、外れ属性って判れば魔法を使わない仕事を始める人も多いよ。僕が同居した人のなかには、料理人や教師になった無属性の転生人もいたね。属性関係なく、もといた世界の仕事を続けたいって人間も多いからな。」

「…なるほど。属性と言う概念が入ると、見た目で仕事を推測するのは、前の世界より難しそうだ。」

「店主の前職は推理できたのに? 」

「あれは、分かりやすかっただけだね。たまたま無属性だったのもそうだし。━━この後書店と図書館に寄っていってもいいだろうか。さらなる知識のアップデートが必要だね。」

「それなら中央広場まで行こうか。ちょっと遠いから、乗り合いのゴーレム馬車に乗る? 」

「━━あれは、尻が痛くなるからな……。」

「まあ、時間もあるからゆっくり歩くかあ。」


ふたりはカップに残したものを飲み干す。

午後は散歩の予定に変更だ。




「自称シャーロック・ホームズくんはどうかね。」

上司の村田は言った。

今日は週一回の報告のために、順一は地区センターまで来ていた。

村田はコーヒーを、順一は紅茶を飲んでいた。村田はコーヒー中毒で、休みは喫茶店巡りをしているらしい。ちなみに子供舌の順一はコーヒー苦手である。日本にいた頃から、スタバでもドトールでも頑なにコーヒー以外を注文していた。


「自宅で魔術も使わず、いたって平和ですよ。前の同居人と違って、なにも壊しませんし。日本の文化もアニメも詳しいし明らかに日本人なんですけど、なんでホームズなんて名乗ってるんですかね。まあ、ちょっと推理っぽいものを見せてくれましたけども。」

「ん? ホームズくんが推理したん?」

「この前村田さんが、無料のコーヒーチケットくれたじゃないですか。あの店主の前職が軍人で海の迷宮で仕事してたこととか、怪我が元で仕事やめたとか当ててましたよ。」

「ほーう。なるほどねえ。あの、元傭兵にしか見えないマスター、軍の人やったんだあ。」

「さらにアースドラゴンの皮を使った、知性と精神のステータス上昇効果の付いた鹿撃ち帽をオーダーメイドしてましたよ。それを被って、ホームズらしく生きてますよ。楽しそうにね。」

「あの、本物のホームズがかぶってる帽子か? ちょっとコスプレっぽいけど………まあ、一か八かやな。」

「え? なんですか村田さん。」

「本当に、推理が出来るなら、やな……。知り合いの警備担当が日本で言う"警察の捜査"をする機関を作ろうとしていてな。ちょっと推理のいろはでも教えてくれたら助かるって言ってたんや。」


比較的安全なこの地区には警察がなく、警備員と言う名で巡回する人がいるだけである。基本的に捜査するものもいないらしい。転生人も増えてきて、人種も多種多様になってきたから、今後揉め事も増えてくるだろうと村田は言った。


「どうかなー。ホームズくん興味のあることは凄い調べたり実験するけど、興味ない事柄は『すぐに忘れる』そうだから……。」

「まあ話してみてよ。かわりにもめごととか、何かあったら俺の名刺を見せていいからさ。警備担当のトップは一緒に転生してきた俺の幼馴染みやねん。ちょっと話しとくからさあ。」





「━━って、村田さんが言ってたけど、どうかなホームズくん。」


順一はホームズとお気に入りになった喫茶店『猫目』に向かいながら、先日の話をした。

ここのところ毎日、『猫目』でモーニングを食べている。愛想のない店主だが、彼のスクランブルエッグが絶妙に順一のツボだったのだ。ホームズはもちろんコーヒーが目当てだ。曰く「顔は不味いが、コーヒーは旨いからな」とのこと。

寝起きのためか、ホームズはずいぶん不機嫌であった。お気に入りの鹿撃ち帽も台無しの表情だ。


「つまり、僕の技術を無料で提供しろってことかな? 」

「まあ、お金払うとか言われてなかったね……。」

「探偵と言うのは特殊な仕事だ。技術職のひとつだからな。その技術ってのはそんなに安っぽいものじゃない。今までの知識と経験……今までの僕の人生みたいなものだ。君は無料で自分の人生を、他人にあげられるかい?」

「無理なら、そう、村田さんに言っておくよ………。」


これは興味なしだな、と順一が諦めて遠くを見た。ホームズも話は終ったとばかりに、別の方向を見ていた。

順一がホームズの方に視線を戻すと、彼は一点を見つめたまま、立ち止まっている。順一もホームズの見ている方角を見る。

倉庫街はいつもと違い、人がたくさん歩いていた。


「………なんだか、騒がしいね。」

「あっちの奥側にある倉庫のほうだね。ちょっと行ってみようか。」

「この辺りにこんなに多くの警備員が歩いてるのは、見たことないなあ。何かあったのかな。」

「ああ。あの、一番奥の古い倉庫のようだな。」


四角い箱みたいな建物が立ち並ぶ、川沿いの奥まった森の手前に多くの警備員が出入りする倉庫があった。軍服に似たようなミリタリーグリーンの制服の警備員たちは、あたふたしているように見える。


「あの、何かあったんですか? 」

順一は近くにいた野次馬のマダムに声をかけた。

「よく分からないんだけど、あの倉庫で人が死んでたんだって。怖いわー。」

「えー! 警備員が出入りしてるってことは……」

「そう、誰かに殴り殺されてたって言う話なのよ。しかも鍵がかかっていたから、密室殺人だって、さっき警備員が言ってたわよ」

「み、密室殺人事件……!!━━ねぇ、ホームズ。聞いた? 密室殺事件って………あれ? 」


順一が話しかけようと、隣にいたはずのホームズを見ると、すでにそこには居なかった。キョロキョロと周りを見回すと、現場の建物の周囲をのんびり歩く彼がいた。

マダムにお礼を言って、順一は慌てて彼の後を追う。


事件現場と思われる倉庫は長細い箱が3軒並んでいる建物の一番端のようであった。【ガーダルシア】を作った異世界人が、一番最初に"すぐに商売できる店舗"として作った建物ひとつであるようだ。以前は店舗だった名残として、道路側の壁は大きなショーウインドウがあった。ただし、古いためか硝子は曇っており、中のようすはあまり見えない。

その建物には貸倉庫という張り紙は3軒の建物すべてに貼り出してあった。以前は人通りもそれなりにあった地区らしいのだが、歴史と共に中心地が移り変わり、現在は裏通りの人通りのない寂れた場所になったようだ。川の近くなら倉庫としてそれなりに借り手があるだろうが、少し離れた森のそばに建っているから借りにくいのだろう。店舗としても、無駄に大きく使い道がなかったのだろう。有名な土魔法使いが建てたというブランドも、使い勝手が悪ければ役に立たない。


レンガっぽい造りの古い建築物だからか、そこに人が死んでいると知っているからか、順一にはおどろおどろしいモノに見えて少し尻込みをした。


「ここで、密室殺人事件があったのか……」

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