第4話

村田に薦められたカフェは、ベータ大通りからすこし外れた倉庫街の静かなところであった。川沿いの緑が豊かな地区である。

昔からある土魔法で作られた四角い建物ではなく、最近作られたらしい屋根のある建物で『猫目』という看板があった。

お洒落な扉にはコーヒーカップの絵が描いてあり、カラフルな配色は可愛らしい。


カランカランと、ドアベルが鳴ると厳つい店主がチラリと順一たちをみて「いらっしゃいませ」と低い声で出迎える。

スキンヘッドの店主は不機嫌そうな顔で、順一たちに席を顎で示す。

コーヒーカップを拭きあげている腕がムキムキと筋肉質で、さらに肩のところにワンポイントで刺青もあり、順一はすこしビビりながら入店する。後ろからはご機嫌のホームズがのんきにドアベルを鳴らす。

コーヒー好きなのか、鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌だ。


「可愛らしい店舗だから、女の人がやってると思ったら、……なかなかマスター厳ついねえ。」

お冷やが届き、順一はおしぼりで手のひらを拭きながらこそこそとホームズにに話しかける。

「スゴい筋肉だね。目付き悪いし、殺し屋とか傭兵みたいな見た目だね。ガーダルシア人かな。」

「傭兵でなく、引退した軍人だろう。それも海兵隊の軍曹上がりだな。あと、明らかに日本人のおっさんだな。」


お冷やを飲みながら、呑気にホームズは答える。声も落としていないから、店主にも聞こえたようだ。


「お、よくわかるな。正確には海兵隊ではなく、海のダンジョン専門で防衛する部署のまあまあ上の階級だな。お察しの通り、三年前に退役済みだよ。」

「海のダンジョンって? 」

「例えば、クラーケンと真珠で有名なサーバリーの迷宮は一階層砂浜で、あとは全部海なんだ。そういうような迷宮をメインで防衛していたんだ。迷宮は中の魔獣を間引かないと氾濫を起こすから、人気のない迷宮には軍が入るんだ。海系の迷宮は簡単には攻略出来ないから、ガーダルシア軍が入るしかないんだ。」

「へぇ! でも、なんでホームズはわかったの? お得意の推理ってやつ? 」

「どうみてもそうだろう。むしろなんでわからないんだ? なんでわかったかというと………。うーん、推理そのものより、どうやって推理したかを説明する方がややこしいな。」


推理、と言われたのがよほど嬉しかったのだろう。ホームズはいつも以上に目が嬉しそうに細まった。

もっさりした頭を掻きながら言う。


「もし君が2+2=4になることを証明してくれと言われたら、それが間違いのない事実だと分かっていても、ちょっと困るだろう? 」

「……なんか馬鹿にされている気がするなあ……」

「まず、店主の腕の刺青。世界が変わっても海の男は刺青をするようだ。魏志倭人伝によれば古代の日本人もしていたと言うが、ガーダルシアの海に関する文献をいくつか調べても海に関わる仕事の人間は大抵刺青をするらしい。軍の報告なんかも読んだが、海の迷宮の事故でドッグタグがなくなっても、刺青で個人の判別をしたとの事例があった。ガーダルシアの海軍も実際に刺青を入れていると言う記事もあったな。」

「へぇ、ヤクザかパーリーピーポーがいれるんだと思ってたよ。」

「店主の態度はあきらかに軍人風で、身体も剣を下げる左側にわずかに傾いている。これで漁師などではなく海兵隊員だと分かる。さらに彼はちょっと尊大で、指揮命令を出してきた雰囲気がはっきり残っている。入店時から笑顔もなく全く愛想もない。あとは、声も大きく、聞き取りやすくて命令の声が通りやすそうだ。それなりに大きな組織にいた雰囲気があった。君に対してもちょっと偉そうな態度だった。 ――これら全てから僕は確信した。彼はかつて軍曹だった。」

「なるほど、海の軍人だから海兵隊ってことか。」

「よく見ると足を引きずっているから、怪我で引退したんだろうが。」

「その通りだ。クラーケンにヤられたんだ。ポーションも光魔法も早期治療じゃないと効かずに、手遅れだったんだ。まあ日常生活には支障ないがな。」

店主は左足をぽんと叩く。

「じゃあ、日本人ってのは? 」

「君は僕にスライムすら知らないなんてと言うが、君もものを知らないよな……。お冷やもおしぼりも、他の国でもあまり見かけないし【ガーダルシア】じゃあなおさらだ。あとは店構えも店名も1980年代のアニメで見たぞ。タイムで見てるならおっさんだろ。スキンヘッドにはしたくせに、サングラスはかけないのか、おっさん?」

「……その通りだが、ずいぶん口が悪い客だな。」

「店主の態度に合わせているだけさ。ホットコーヒーで。」

「すいません、本当に失礼なヤツで……。あ、あと、無料チケット一枚あります。僕は紅茶で。」

店主は不機嫌そうな表情のまま、オーダーをとった。



コーヒーも紅茶も、地球の日本と味には遜色なくとても美味しい。こちらの世界でも普通に飲まれているものらしい。

大きなストアウィンドから店の外を見ると、道を挟んで向こうには昔ながらの四角い建物が並んでいた。その奥には大きい川が流れている。川沿いに倉庫が並んでいるのは、船が荷物を運ぶからである。土魔法で出来たコンテナを土魔法属性の人が船から倉庫へ移動させている光景は、地球のクレーン車の作業と少しだけ似ている。

空の属性はあるので、空間魔法はあるにはあるが、ビックリするくらいレアだ。さらに袋や箱に魔法を付与出来るような技術はまだない。転生人が研究しているとは聞いているが、なかなか難しいそうだ。


「あれはなんだ? トラックとも馬車とも似ていないが。」

「や、トラックや荷馬車みたいなもんだよ。荷台に土魔法のコンテナ乗せて、土属性の人が御者で運ぶんだって。そんなにスピードはでないが、土魔法で出来た建物を動かす魔法を利用しするらしい。ほら、ガーダルシアには土魔法属性の人が一番多いから。」

「ほー。土属性はそんなことも出来るのか!………そう言えば、店主はなんの属性なんだ? 魔法に筋肉は関係してるのか?」


ホームズはお冷やのお代わりを注ぐ店主に話しかける。日本人のおっさんといわれて、まだ不機嫌そうな店主は返事をする。


「残念ながら外れの無属性だ、転生人としては珍しいかも知れないが。だから筋肉に魔力を通して、身体強化をメインにしていた。軍人にはそういうヤツが多かったから、筋肉と属性は確かに関係してると言えるかもな。」

「ほほう、身体強化! 魔法にはそんな使い方があるのか! 」

「ただ、属性があるヤツには身体強化は使えないぞ。火属性の魔力を筋肉に通したら、ウェルダンに焼けちまう。」

「ならば、水とか、光だと? 」

「水なら筋肉が水分で重くなるんじゃねえか? 光は……どうかな、ピカピカ光るか筋肉痛が治るかじゃねえかな? 」

「なるほど。試してみても良さそうですね。」


お代わりしたお冷やのコップを置いて、ホームズは順一の方を向く。


「そう言えば……。君の属性を聞いたことなかったですね。改めまして、ワトソンくんの属性は? 」

「あー…。レアっていうか、変なヤツなんだけど……。"見"属性っていうよく分からないものなんだよね。」

「それはどういう魔法が使えるんだい? 」

「今の状態がわかるだけだよ。店主なら"ちょっと不機嫌"、ホームズなら"興味津々"ってのが見えるだけ。」

「ああ、だからか。」

「えっ? 」

「その魔法があるから、君は村田氏から依頼されたのか。転生人をホームステイさせてるのは、その魔法で僕らが上手く順応出来てるか"見てる"んだね。ときおり目に魔力が集まってるのを感じていたから、なんだろうとは思っていたのだが。」


ホームズは鋭い目付きで、ときどき順一をドキッとさせるのだった。

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