第3話
前世でもゲームやファンタジー小説なんかで"属性"は有名であったためわざわざ説明していなかったが、ホームズはその辺りの常識を知らなかった。
風呂に水をためてみると言うのでやらせてみた時のことである。通常、二つの属性の持ち主以外は魔道具などを使い火と水の複合魔法として使うのだが、ホームズは水魔法のみで温度を調節して風呂水を溜めてみせた。
水がたまったころかな? と、水を暖める魔道具(火の魔石を利用したものらしい)をもって順一が風呂場に向かうと、すでに湯煙のなかゆったりお湯に浸かっているホームズがいたのだ。
手拭いを頭に乗せた状態で。
「なに、お湯も水も氷も、結局同じH2Oだろう? 」
「つまり、氷の属性がなくとも水の属性があれば氷まで出せるってこと? 普通、属性以外の魔法は使えないから、氷もお湯も考えられないんだけど!? 」
「氷属性? ―――零度以下の水しか出ないのは不便そうだな。」
「………僕は液体の水しか想像できてなかったわ……。確かに魔法はイメージだ、なんてファンタジー小説にはよくあったけど。普通はお湯を魔法だけで出すなら、水と火の複合魔法で出すのが、この世界の常識だったんだよ………。」
「複合魔法! この世界にはそんなモノがあるのか。なるほど、水と光で何か出来るか明日から研究してみよう。」
そう言って笑うホームズに、順一はビックリしたものだ。
「こんなに水を自在に操れるってことは、ホームズくんの水魔法はずいぶん練度が高そうだよね。確かに君が掃除当番の時はやけに綺麗だと思っていたよ。クリーンの魔法も強力なんだろうね。」
「魔法で掃除出来るなんて、夢のようだったからつい必要以上にしてしまった部分はあるね。―――ねえ、僕は他の属性のことはよく知らないんだけど、他にはなにがあるの? どう使うの? 」
「他の属性? 例えば、火や風はポピュラーだね。練度を上げれば火柱や竜巻になるから、火や風の属性を持つと冒険者になる人が多いよね。木属性は植物を育てるから農業者になることが多いみたいだよ。」
「ふむ。属性で職も左右されやすいんだな。」
「あと、この国だと土属性のほうが有名だね。建築に使われてる四角い建物に使われてるからね。この家も古くから建っているから、建国時の土属性魔法使いが作ったものらしいよ。その魔法使いが建てたものには、レンガの中に泥棒避けの魔道具が埋め込まれているらしいし。」
「なるほど。かなり頑丈だとは思ったが、魔法で作られたモノだったか。」
「Sランク冒険者の魔法使いだったらしく、それを越える土属性魔法使いじゃないと建物を動かすのが精一杯で、絶対に壊せないらしいよ? お陰で前の同居人がどんなに身体強化で破壊しても、壊れるのは家具だけで済んだんだけどさ。壊せないけど動かせるから、引っ越しの時は土魔法使いに建物ごと引っ越すこともあるらしいよ。楽チンだよねえ。」
「ほーなるほど。属性とは実に興味深い。」
★
このように、ホームズは異世界常識というのを知らない人間であった。前世でファンタジー映画やゲーム、異世界ものの小説やアニメなんかは見てこなかったのだろう。
魔法についてはそれがプラスに働いていたが、知らなすぎることは順一にとって心配な事案でもあった。
「ええ!? スライムが何か知らないだって? この世界のスライムはまだしも、前の世界でもゲームとかででてきたじゃん! 」
「ほう。このポヨっとしたやつはゲームに出てくるようなものなわけか。」
【ガーダルシア】には、もれなく魔獣が存在した。
それは、かつて順一がゲームで戦ったような敵キャラクターに良く似た魔獣ばかりだった。
例えばスライムやゴブリン、オーガなんて定番からドラゴン、ヴァンパイア、サイクロプスみたいな強そうな魔獣も、前世のゲームやアニメの記憶通りのものであった。それらのほとんどは迷宮にでも潜らなければ出会うことなはい存在だが、魔獣を素材として作られた道具や防具、生活の品は数多くあったため、【ガーダルシア】でしばらく生活して魔獣の存在を知らずに生きることは不可能に近い。
迷宮外でも見ることができる魔獣の代表はスライムである。【ガーダルシア】の下水処理やごみ処理に重要な役割を持つ有益な魔獣の代表で、普通に生活していたら知らないわけがない魔獣だ。益魔と呼ばれていて、どの家庭も地下にスライムを飼っているし、もちろん順一の家にも数匹地下でごみ処理してくれている。
それを知らないというのは、肉を食べているのに牛や豚や鶏を知らないと言っているようなものだ。
そうでなくともファンタジーネタ溢れる現代日本に居たと推測されるホームズには、マンガやゲームをしてなくとも、なんとなく見聞きしていてもおかしくないはずだが……。
少なくとも順一の子供時代はマンガやゲームは友達とのコミュニケーションツールで、モンスターの話題で友人と何時間も喋った記憶がおおいにあった。そうやって自分が触れたことのない作品でも、なんとなく知っていたりするものだが。
「DQじゃなくともFFにも出てくるじゃん! マイクラにだって出てきたでしょ……。スライムに転生しちゃうラノベもあったしさあ。ええ……。君はいつの時代から転生してきたのさ。それとも友達すらいなかったの……? 」
「驚いているようだが。」
ホームズは、順一のあぜんとした顔に笑いかけて言った。
「いま、僕はそれを知ったが、全力で忘れようとするつもりだ。」
「は?! 」
「いいか」ホームズは説明しはじめた。
「僕は人間の頭脳は江戸間の六畳くらい狭い部屋だと見てる。狭いからこそ、なにを部屋に置くか取捨選択が大切になってくる。ベッドを置くより布団にした方がいいし、暖房とテーブルを兼ねたこたつを選択したほうがいいかもしれない。
余計な荷物があればあるほど、新しい知識を仕入れたときに、ところてんみたいに自分に役立つかもしれない知識が押し出される可能性がある。よくても、ほかの事実とごちゃ混ぜになり、けっきょく知識を取り出すのが大変になる。腕のいい職人は、脳の狭小部屋に持ちこむべきものを慎重に選ぶ。仕事に役立つ道具だけを持ち込むが、その種類は非常に豊富で、ほとんど完璧な順序に並べる。脳の部屋が弾力性のある壁でできていてほんのわずかでも拡張できる、と考えるのは間違っている。知識を詰めこむたびに、知っていた何かを忘れるときが必ずやってくる。要するに、使い道のない事実で、有用な事実が押し出されないようにするのが、最重要課題になるのだ。」
「……なんかごちゃごちゃ言ってるけど、あまり魔獣については興味ないってこと? 魔法の属性に関してはあんなに興味津々だったのに。だけどねえ、ホームズ。スライムは充分に使い道あるし生活に役立ってるよ。不本意だとしても、この世界に転生したならちょっとはこっちの知識も得たほうがよくないか? 」
「僕は探偵だ。探偵には、探偵に必要な知識だけを蓄えておかねばならないのだよ。」
「はあ。探偵ねえ……。」
順一はホームズになりきっているらしい同居人を否定する気にもならず、曖昧な笑顔を浮かべた。
ため息をつきながら窓の外の景色をみる。春らしい青々とした草木が風に揺れていて、実に平和な景色だ。
面倒くさくなってきた順一は話を変えることにした。
「ねえ、ホームズ。そう言えば村田さんから新しく出来たカフェの無料コーヒーチケット貰ったんだけど、行く? 」
「コーヒー?! この世界にもあるのか? この僕がコーヒーを飲まないなんて選択肢はないね。さあ、出掛けよう。」
「……って、今から? まあ、いいけど、」
「さあ行こうか、ワトソンくん。」
「………僕は、ワトソンじゃあないけどね。」
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