第2話
★
自称ホームズ持ち物は黒のボディバッグだけであった。それに村田の用意した身分証明書の変わりになるドッグタグ、当面の生活費の入ったマジックリングを身に付けている。
マジックリングは前世のスマホに存在が近いもので、大まかな位置情報と簡易的なメッセージのやり取り、キャッシュレス決済が行える魔道具だ。この世界では成人したらほとんどの人が身に付ける。ほとんどの支払いがマジックリングを使うので、少なくとも【ガーダルシア】ではこれがないと生活が出来ない。財布の代わりみたいなもんだ。
性能はピンきりで、高級品は防魔法や防毒などの効果があったり、色々な魔法陣が組み込まれているらしい。役所の用意したマジックリングはさすがに最低限の機能のモノだが。
順一の着けているマジックリングは少しだけ高性能で、大きめの水晶がついている。その水晶を画面にして、通信販売が可能だったり、ゲームが出来たりする。
マジックリングの内側には取り外し可能な魔石が着いており、この魔力で機能しているそうだ。順一は魔石のことを"乾電池みないなもの"という認識で見ている。魔石は迷宮資源のため、多くの冒険者が迷宮で働いているそうだ。
自称ホームズはベータ地区に向かうゴーレム車のなかで、腕時計のように巻いたマジックリングをしげしげと見ていた。"興味津々"といった感じだ。
「これは時間も分かるのか? 」
「秒針はないけど、この魔石に触れるとここにアナログ時計が表示されるよ。」
「おぉ! 時間は地球のものと変わらないのかい? 」
「正確にはすこし違うらしいけど、同じとして生活してもなんの問題もないよ。ちゃんと一日を24等分にしたのを一時間として、その60分の一を一分と決めたらしいから。どうせ向こうの世界のカップラーメンもないから、同じ一分でなくともいいんだってさ。」
「ほー、なるほど。」
「こっちの魔石は現在の残高が見れるよ。当面の生活費はの20万ガッダ入ってるはず。平均的な給料二ヶ月分くらいかな。おおよそだけど1万Gガッダは5000円くらいの価値と言われてるね。あまり無駄遣い出来ないけど、ベータに着いたらとりあえず着替えを買おう。ホームズくんは古着とか抵抗ある? 」
「ああ、着れるならなんでもよい。」
「よかったよ。この世界の衣服かあっちよりかなり高くて、簡単には新品は買えないんだよね。こっちにもユニクロやしまむらみたいな店があればいいのになあ。でも、オーダーメイドは結構凄いよ? 異世界の衣服の再現は斜め上に性能が上がってたりさ。あ、そのMA-1の形いいから再現師に魔素材で再現してもらおうか。対魔の魔方陣編み込んでもらったりさ。」
「……うむ。こちらの世界は色々な技術が進んでいるようだな。」
「そ。だから、知識チートとか無理だからねえ。マヨもからあげもリバーシもとうの昔に流行り終わってるよ。」
「ふむ。」
ホームズは顎を撫でながら、目を閉じた。"考え込んでいる"みたいだ。きっと異世界で何をすべきか、何をしたいのか、そんなところだろうと順一は思っていた。
「そうそう、村田さんから聞いたかもしれないけど、異世界を渡ると身体が作り替えられてこの世界に適応出来る細胞に変わるといわれてるんだ。つまり、魔力を扱える細胞になっているんだ。」
「ほほう、魔力を扱える細胞……。 」
「そ。ここには地球ではなかった"魔力"があるそうなんだ。"魔力"はもちろん、魔法を使う力だよ。ただし、その人の産まれもった属性の魔法しか使えない。転生人は転生した時に属性は決まってしまう。君は教会で属性を確認したかい? 」
「ああ。あの水晶玉みたいなやつに手を押し付けられたよ。怪しいから触りたくなかったのに、無理に手を引っ張られてね。水の魔法と光の魔法だそうだよ。水の方が強いらしい。」
「2属性か! いいね!! 現地人は大抵1属性だけだから、やはり転生してきた人は神の加護があるのかもね! 」
順一は初めて聞いたように答えたが、前もって村田から聞いて知っていた。水も光も攻撃的ではないが、向こうにはなかった力だ。気をつけて生活出来るよう、サポートしていかなければならない。
それにしても―――、
魔術師ホームズって面白いなと、順一は声には出さずに笑った。
「そのドッグタグは簡易ステータスを診ることが出来るんだ。名前や属性、自分の魔力の量とかね。握りしめて魔力を通すとタグに浮かび上がるよ。」
「なるほど。―――んん、魔力を通すのはコツが必要そうだねえ。」
「何度かやってるうちに、呼吸するくらい簡単に出来るようになるよ。」
「ん、こうか? おぉ! 不思議だ、文字が浮かび上がってきた!! 」
タクシー代わりのゴーレム車が自宅まで走っている間、ドッグタグ片手に子供のようにはしゃぐホームズを順一はのんびり眺めていた。
★
ホームズはたしかに同居しにくい人間ではなかった。ふだんの態度は物静かで、規則正しい生活習慣だった。早寝で夜十時以降は部屋の灯りを真っ暗にして物音ひとつたてず、朝は早起きで順一が起きる前にいつも朝食を終えて出かけていた。この世界に早く慣れたいからだと言っていた。
行き先はどうやらデルタ地区の外れや都市外のスラムのようだった。魔法が思ったより楽しかったらしく、広いところで魔法をぶっぱなしたり、スラムの住人に水魔法のクリーンや光魔法のヒールをかけて練習したりしているようだった。
そうやって活動的にしばらく過ごしていたが、一月ほど経った頃に反動がやってきた。今度は全く家から出なくなったのだ。彼は何日もずっと居間のソファの上に寝そべり、朝から晩まで身動きもせず、じっと黙りこんでいた。
順一が色々話しかけてもホームズの目はうつろで、たいした返事も帰ってこない。彼が身の回りを清潔にしていなかったら、薬物中毒を疑ったかもしれない。一見、平和な【ガーダルシア】でも、スラムで違法薬物が取引されている話も聞く。
"疲れてぼんやりしている"だけに見えたが、念のためレアで高額(必要経費として区に請求した)な"病気診断"の宝珠も使ってみたが、ただの疲労だった。おそらく魔法の使いすぎだろうとのこと。どうやらぼんやりすることで魔力回復をしているらしいことが解って放って置くことにした。
部屋は壊されないが、色々心配な人物ではあった。
そうやって数週間が経つのちに、順一の好奇心に火がついた。まあそれが仕事ではあるが、暇だったとも言う。これだけ謎多き同居人である。気になるのは仕方ないだろう。
見た目がどうみても日本人であるのに、かの名探偵シャーロックホームズと名乗るこの同居人がかもしだす面白そうな謎のほうがよほどミステリーであるし、それを解読しようと非常に長い時間をかけた。
まずは観察である。
着ていた服からも同時代の日本人だと推測した。順一の居た時期ではMA-1は人気を通り過ぎて「定番化」になっていたので、ちょっと流行りに疎そうなホームズが着ているのなら恐らくなにも考えずに定番商品を手にしたのではないかと考えたのだ。あとは会話に草などネットスラングを混ぜてみたが、難なく理解しているようであったことから確実であろうと予測した。
また彼は頑なに出身を言わなかったが、ある日ホームズさんと声をかけたら「はい、元気ですー」と返事だったことを村田へ報告すると「埼玉県人の疑いがある」とのこと。村田が言うには、学校で出席をとる時に健康状態まで答えるのは埼玉県人だけらしい。本当かどうかは知らんけど、埼玉出身・異世界在住のシャーロック・ホームズってちょっと面白い。
まだ埼玉県人かどうかの確信にはならないが、順一は今後追求していくつもりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます