こぼれんばかり
本当は、俺は告白以前にまりっぺと出会ってもいない。
「何ていうかさ、俺には告白なんてできないんだ」
「ふふっ。あなた、ヘタレなのですわね」
大きなお世話だ。俺のまりっぺを思う気持ち、知らないくせに! それに、まだ告白していないという一点においては、俺と万里子は同類!
「おっ、同じじゃないか!」
「私はあなたとは違いますわ。同類ではございませんの!」
と、いうと? 固唾を飲んで、万里子の次の言葉を待つ。
「…………」
「私、今日にもお姉様に告白いたしますわ。あなたの望み通りに!」
なっ、告白、だとぉ! 俺にではなく、千里子に、か? さすがは難攻不落と謳われる万里子だけはある。俺は、万里子が千里子に告白することなんて望んでいない。むしろこのゲームのプレーヤーである俺に告白しろって言いたい。
デッキにセットしたときから、俺は心のどこかで期待していた。誰もクリアしていない万里子に告白されるんじゃないかって。でも、それは叶わなかった。万里子の一途な気持ちを俺はなめてた。
対して俺自身はどうか。俺のまりっぺへの一途な気持ちは本物か? 心のどこかで万里子からの告白を期待した分、まりっぺを諦めていた? そんなんじゃ、カードだって引けないよな……。
ゲームでこれだ。現実の俺は万里子が思ってるよりもずっとヘタレなのに。
だったらせめて、万里子の想いが成就するように応援しよう! そう決意し、万里子に言葉をかけようとしたそのとき……。
「告白、なんて素晴らしい! 万里子さん、私、応援いたしますわ!」
と、百合亜。
ずっと俺の右腕にしがみついていた。俺はその存在をすっかり忘れていた。
「はい。告白ですわ! 私はあなたたちの1歩先へと参りますわ!」
万里子が気合を入れる。右手は拳を握り、両脚を肩幅大に開いて……。
その瞬間。
「いっ、痛っ……」
という言葉とも息遣いともとれない声を発した万里子。右側からよろりと崩れ落ちる。膝をつく。顔を、歪ませる。
「まっ、万里子さん。どうしました?」
言いながら何も考えずに百合亜を振り払い、駆け寄る俺。心配は心配だけど、このあとどうすればいいんだ? 手をこまねくばかりだ。
百合亜は冷静に俺より少し遅れて来ると、万里子を楽な姿勢に誘導する。スカートからはみ出た万里子の両脚。比べると、右が赤く腫れている。
「これは……捻挫のようですね」
「捻挫? じゃあ、保健室に行こう」
「大丈夫ですわ、これくらい。捻挫になんか負けている暇はありませんの」
言いながら気丈にも立ち上がる万里子。だが、直ぐにバランスを崩す。
「痛っ!」
「ほっ、ほら。気を付けろよ!」
と、咄嗟に全身で万里子を支える。
右手の平に、ズシリとしてる割にはやわらかい感触を覚える。校門の前で背中に感じたのより、ちょっと強烈。こっ、ここは! 片手にすっぽりどころじゃない。若干、こぼれんばかり。
やわらかいのは当然だ! 不意にとはいえ、万里子の胸を触ってしまった。セクハラ警告が鳴ったらどうしよう。気を揉むのに合わせて、手を……。
「どこを触ってますの! っていうか、揉んでいませんこと?」
「いっ、いやっ。これは……その……ごめんなさい……」
慌てて手を引っ込める。警告は鳴らずに済んだ。
「……やっぱり、保健室に行った方がいいよ」
「不本意ながらそのようですね。しかたありません。うしろを向いてください」
言われた通りにする。背中にズシリとしてる割にはやわらかい感触を覚える。
気のせいか、さっき右手の平に感じたのより、さらに強烈に思える。
「おんぶ……いいのか?」
「構いません。むしろあちこち手で触られたのでは堪りませんもの」
こうして俺は、保健室へと向けて歩き出した。
「で、生駒さん。どうして俺の右腕が重いんだ?」
「はいっ。それは、この私が迷子になってしまうからですよ、太田君!」
ですよねぇーっ。
近くにあったのは第2保健室。保健養護の先生が出迎えてくれる。攻略サイトによると、若いが、ちょっと変わった人だというけど……名前はたしか、ナイチンゲール梅愛。『めあ』先生! 白衣を着た絵姿のSRを持っている。
「これは驚いた。Fアラートはホンモノだったか……」
いきなり未知の用語でお出迎え。Fアラート? 何それ、聞いたことない。ゲームの裏設定だろうか。アラートってことは何かを知らせる機能?
梅愛先生はスマホを2・3操作し、白衣のポケットにしまう。
「……あっいや、こっちのはなしだ。私はナイチンゲール梅愛……」
「……太田豊です。それより、怪我人です、先生!」
自己紹介イベを遮られた梅愛先生は、顔をぷくりと膨らませる。キャラの造形や性格付けにもこだわる素晴らしい製作者。でも、申し訳ないが、今はそれどころじゃない! 万里子が心配だ。
「怪我人? で、どちらの子かしら?」
「先生、失礼いたしました。私は生駒百合亜、単なる迷子に過ぎません!」
「……新井……万里子です」
万里子が恥ずかしそうに言う。怪我したのをそこまで恥じる必要はないのに。
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