朝、春楡の木の下

初フラれ

 校舎を巻き込んで右に曲がり、校庭に沿って走り、体育倉庫の裏を通った。その辺りまでは何となくどこを通ったか覚えているが、そのあとのことは忘れた。頭に入らなくなったという方がいい。酸素の供給量が追いつかない。疲れて、しんどい。


 原因は、俺の運動不足もあるし、万里子の足が思ったより速いのもある。でもそれ以上に……。


「はぁ、はぁ……何で……お前が……付いてくるんだ……はぁ、はぁ……」

「何でと言われましても、この私、手放したら迷子になってしまいますので!」


 右腕にしがみついている百合亜がカセになっている。百合亜も俺と同じだけ走っているのに、その息は通常と同じだ。


「はぁ、はぁ……じゃあ、最後まで付いてこいよ……はぁ、はぁ……」


 言い終わるや、ペースを上げた。


「はいっ、それはもちろんですとも!」


 百合亜、えらいぞ!


 そして、ついに万里子に追いつく。校舎の裏の大きな春楡の木の下のこと。




 前屈みになり春楡の幹に頭をつけて号泣する万里子。ここまで追っては来たものの、俺にはかける言葉がない。先にしゃべったのは万里子。


「何で、何でですの? 追いかけてくるのが、あなただなんて!」


 おっしゃる通りです。俺だって、勢いで行動したに過ぎない。ハナから理由なんてない。でも、放っておけなかった。今更ながら理由を探す。そして、万里子が俺に背中を離れて千里子に近付いたのを思い出す。


「何ていうかさ、万里子さんは千里子さんのこと、好きなんだろう」

「えぇ、好きです。大好きです。でも、お姉様が選んだのはあなた……」


 俺は、選ばれたんだろうか。そうじゃないだろう。


「いや、千里子さんは俺じゃなくて、福太郎を選んだに過ぎないんだよ」


 万里子が顔を上げ、俺に向き直る。


「そうですわ。お姉様は私と違いあなたのような男の人が好きなのです」


 たしかに、俺の知っている千里子はビッチだ。攻略サイトにはそうあった。


「でも俺、あのとき感じたんだ……」


 そこまでの俺の言葉を万里子が遮る。


「……自慢ですか? お姉様は、それはそれは、とろけるような感触ですものね」


 おっしゃる通りです。危うく身も心もチーズになるところだった。って、違ーう! 遮られた言葉を言う。

 

「万里子さん、千里子さんに夢中なんだなって、感じたんだ」


 万里子は鼻の穴をぷくりと拡げてみせた。何に反応したかはよく分からない。


「お姉様に夢中になるのは、誰でも一緒じゃないですか」


 誰もが千里子に夢中。万里子にはこの世界がそんなふうに映っているのか。だが、それは違うぞ。愛菜は設定上、俺に夢中だ。俺だって千里子じゃなくて、まりっぺ一筋なんだ。けど、俺が言いたいのはその続きだ。


「そしてこのあと、なりふり構わず行動するだろうって思った」

「……結果は、無惨に鎧袖一触されましたわ」


 万里子は図星とばかり、言い終わるや春楡の幹に寄りかかる。寂しいのを隠そうとしているのか、どこか戯けた表情をしている。どう言っていいか分からないが、言葉を続ける。


「それは違うよ。万里子さんはまだ、千里子さんに想いを伝えていない!」

「それ以前の結果でしたわ」


「でも千里子さんにちゃんとぶつからないと、想いは伝わらないよ!」

「あなた……ひょっとして、私にお姉様へ告白させようとしていますの?」


 告白……そっか。好きだって気持ちを伝えることを告白という。万里子の言う通り、俺は万里子に告白を勧めている。


 どうして俺は、万里子に自分以外に告白させようとしているんだ。このゲームは告白を受けるのが目的。俺の行動は目的に反する。でも俺は、好きなものを想う気持ちを万里子にも大切にしてもらいたい。たとえ万里子が、ゲーム用のAIだったとしても。


「まっ、まぁ。そういうことだ。告白だ!」

「サイテーですわ! あなた、私に気があるんですね!」


 はい? どうしてそうなるんだ?


「…………」

「フラれた私が弱ったところへ言い寄り手籠にする魂胆、丸見えですわ」


 なるほど、そういう方法もあるのか、参考になる。って、違ーう! そもそも人気者のまりっぺがフラれるとか、絶対にあり得ない! 俺にとってはまったく参考にならない手法だ。


「…………」

「お断りです! あなたなんかお断りですわ。私にはお姉様しかおりませんの」


 俺、人生ではじめてフラれた。告ってもいないのに、初フラれだ。しかも相手は女子。だが、俺には落ち込んでいる暇はない。


「そうじゃないよ。俺にだって、夢中な人がいるんだ!」


 そこまで言うと、万里子は久し振りに俺を見る。鼻の穴をぷくりと拡げる。何に反応しているんだ?


「夢中な人……ですか?」


 引っかかったのはこの言葉だったか。愛菜のやつ、厄介なキーワードを放り込んでくれた。ここで俺が『まりっぺに夢中だ!』なんて言ったら、ドン引かれるだろうな。


「……でも、いくら夢中だったとしても……」

「ても?」


 また、ぷくり。万里子は興味津々だ!

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