2つのエンディング

 しばらくして、やっと待人が来た。千里子だ!


「なるほど。福太郎様は磁石なのですね? これでは私の居場所がない」


 姉妹揃って同じ感想を言うのを聞くと、俺の背中に新しい空気が当たる。万里子が離れたようだ。たしかに、千里子が来た段階で、万里子が俺にくっつく理由はなくなった。ちょっと背中が寂しい……じゃなくって。


 俺には、万里子がしようとしていることが何となく分かった。


「おっ、お姉様! 寂しゅうございました……」


 言いながら千里子に駆け寄る万里子。感極まったような声色だ。それほどまでに千里子に夢中なんだろうか。攻略が難しいのも納得だ。同時に、俺は自分の予測が的中していると確信する。


 だが、万里子はその続きを言い終える前に、鎧袖一触された!


「……お姉様! お会いできてうれしゅ、うぐっ!」


 千里子が右脚を一閃。まともに喰らった万里子が2メートル後退り、倒れる。そのまま気絶してしまう。千里子、恐ろしや……。


「ちょうどいい。福太郎様の背中が空いたようだ!」


 はぁ? 実の妹を一蹴して『背中が空いた』って、どういうことだ? 驚く俺に千里子が笑顔で近付いてくる。その表情に怖さはない。優しさに溢れている。そして、俺の背中に回り込み、抱き付いてくる。


「ずっと待っておりました。福太郎様がいらっしゃるのを!」


 なっ、なんだ? この感触。今までとはまるで違う。たしかに愛菜も百合亜も万里子もやわらかい。不本意だが、有馬景子だって声がおおきく上擦るほど。


 でも、違う! 千里子の感触はまるで違う。全身がとろけるよう。液体の全てが沸騰し、骨も肉も固体だった身体の全てが溶けて液体になる。やがてはそれさえも沸騰するほどの熱量。この熱さ、病みつきになりそうだ!


「伝説の福太郎様。副賞としてこのお守りと私の全てを差し上げます!」


 それまでの上級生然とした凛々しさがウソのように甘い声。千里子のその言葉が、何度も何度もエコーのように脳内に響き渡る。はじめてのカノジョが歳上だなんて、上手くいく自信はない。でも、千里子に甘えられると、守ってあげたくなってしまう。


 ふと思い出したのは、攻略サイトの情報だ。通称、ビッチエンド。デッキに載せてなくても結ばれるエンディングだ。今、俺が差し掛かっているのは、千里子のビッチエンドの最後の選択肢。俺が千里子に振り向いてキスすれば成立、エンディングとなる!


 告白を受けるのがこのゲームの目的。お手軽にクリアして2ゲーム目に突入するのもいいかもしれない。なんといっても、この感触、この熱量だ。キスしてみたい。ゲームとしては完全にアリ!


 だがどうだろう。俺が目指すエンディングとはちょっと違う。俺は最初っからずっとまりっぺ狙い。それ以外に興味はない! でも、やっぱりもったいない気がする。恋愛下級者の俺にはまりっぺより千里子の方がお似合いだともいえる。俺は、どうすればいいんだ?


 結論を出せずにいる俺。今度は愛菜が言う。


「ちょっと待って、ゆたちゃん。私は? 私との再会はどうするの!」


 これは通称、お手軽エンド。幼馴染と結ばれるエンディングの1歩手前。このあと俺が『はじめから君だけだった』みたいなことを言ってキスをすれば成立だ。初日にして2つものエンディングを迎えようとしている。


 だが、俺にどうしろって言うんだ。結論なんか出せない。俺にはムリだって。どちらかを選ぶことができなければ、どちらかを選ばないこともできない。これがコンボ……修羅場に通じる道なのか? そろそろ時間切れのはず。どどど、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。


 そのとき、万里子が立ち上がり、きょろきょろと千里子を探す。そしてついに俺の背中に張り付いている千里子を見つける。


「おっ、おっ、お姉様……お姉様は、この男のことが!」


 その目には大粒の涙。2滴・3滴と垂らしたあと、気丈に拭う。そして、そのまま何処かへと駆け出していった。


「まっ、万里子……さん!」


 あぶなーっ。ゲームではシナリオの進度以上に馴れ馴れしく接するのは禁止。それを守らずにプレーすれば、セクハラ警告が鳴り、最悪、ゲームオーバー。名前で呼ぶにはそれなりの段階がある。ちゃんと許可をもらわないといけない。


 新井姉妹が揃っていたことと、あととはいえ『さん』を付けたこと。そのせいからかセクハラ警告は発せられずに済んだ。命拾いした。そう思える分、俺は冷静なのかもしれない。


「放っておいて構いません。福太郎様!」

「そうよ、私と生徒会長。どちらかを選んでちょうだい!」

「いや、でも。万里子さんは思い詰めてますよ。追わなくちゃ!」


 俺はそう言って2人を振り払い、がむしゃらに駆け出した。同時に発生した2つのエンディングを不意にして。


「待ってください、新井さん。新井万里子さん! 万里子さーん!」


 俺は、万里子を追って走りに走った。

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