本当に夢中
万里子と愛菜を説き伏せて何とか離れたあと。愛菜の自己紹介イベが発生。
「私、板倉愛菜。ゆたちゃんの同級生。ゆたちゃんに夢中なーんだ!」
言いながら横向きのVサインをシャキーンと目元に添える。細い指の小さな隙間から、大きな瞳がよーく見える。瞳の大きさまでは設定していないのに、ULDの造形技術は神的だ。俺の好みにぴったり合わせてくれる。
愛菜は、控えめに言ってもかわいいが、そんなことはどうでもいい。動作に合わせて胸が微かに揺れる。俺の目の保養にはそれで充分。
万里子の事情を説明すると、愛菜はあっさりと納得する。その上で自分も俺の側にいると言って聞かない。さすがは俺に夢中だ。軽い気持ちで設定したけど、ホンモノが聞いたらドン引きされるだろう。ホンモノがこれほど俺好みな容姿をしている可能性は低いが。
と、いうわけで、俺としても愛菜が側にいるのがイヤではない。受付に並んでいるみんなの視線が気になるが、どうせ手遅れ。今さら足掻いたところで、どうなるレベルではないと、開き直る。
「しかたない。好きなだけ側にいればいい」
俺が言うと、たちまち俺は圧し潰されそうになる。前と、後から。
圧し潰されている俺。文字通りに首がまわらない。状況を打開できるのは千里子だけ。万里子が離れれば、愛菜は何とかなる。早く千里子は戻らないかと思っていると、別の声が俺を呼ぶ。
「おおおっ、太田君。どうしてこちらに……」
挟まれていて姿を確認できないが、ハスキーボイスは百合亜。俺のこの状況に一切ツッコミを入れないのは天然だからか。体育館とは真逆の方向からの声というのは理解不能だ。
「……というか、どうして圧し潰されてるんですか !」
やっとツッコんでくれた。
「俺が聞きたいくらいだよ。生駒さんこそ体育館に行ったんじゃないの」
「向かっている途中ですよ。思ったより遠いみたいですね」
「えっ?」と、俺が絶句するのは当然だ。
「えっ?」と、リアクションに百合亜が絶句する意味が最初は分からなかった。
だけど冷静に考えれば簡単だ。百合亜は見事に道に迷っている。しかもその事実に気付いていない。出発点にいた俺が途中にいるはずないのに。
「いやっ、『えっ?』じゃないだろう……」
「あっ!」
何が『あっ!』だ。ようやく気付いたか。
「これって、既視感ってヤツでしょうか!」
「ちっげーよっ! 圧し潰されるのは俺だってはじめてだよ」
気付いていなかった。
「じゃあ、一体、何が起こっているのでしょうか?」
分からないなら教えてあげよう。
「生駒さん、迷子だよね!」
「えっ? えーっ! 本当。私、迷子ですよ! どうしましょう」
「どうするもこうするもないよ。誰かのあとをつければ簡単だろう」
本当は、それほどの距離でもないが。
「分かりました。では、太田君とご一緒することといたしましょう」
「勝手にしてくれ」
もう、ヤケクソだ。
「何故? 何故ですの? あなたは磁石なのですか!」
万里子がそう野次るのも無理はない。百合亜が俺の右腕に巻き付いている。ゲームでなければこうはならないだろう。
「そう言う新井さんこそ、離れればいいじゃないの」
愛菜よ、俺を挟んでの口喧嘩はやめてくれ。
「わっ、私だってそうしたいのは山々ですが、姉上の命令なのです」
「へぇーっ。新井さんって、シスコンなの?」
シスコンだ。攻略サイトにもしっかり書いてあった。
「そうですよ。妹として完璧な姉上を大切に思うのは自然なことですわ」
「あちゃーっ、認めちゃうんだ。これは相当重症ね!」
愛菜と万里子の勝負は引き分けだ。今度は、愛菜対百合亜。
「で、そちらの方はどういう理由なんですか?」
「私は、単なる迷子なのです!」
「迷子? 意味分かんないよ」
「太田君と離れれば、たちまち恋の迷子になってしまうのですよ」
恋の迷子って、何?
「なるほど。じゃあ太田君が好きだからくっついているの?」
そっ、そんなこと、俺の前で聞くんじゃないよ。どんな答えだったとしても気まずいだろうがっ!
「うーん。それは違いますね」
やっぱりだ。最も深く傷付く答えだ。
「じゃあ、一体、どうして?」
「迷子だからです! 恋の迷子だからです!」
堂々巡りになった。
万里子と百合亜による愛菜への逆襲がはじまった。
「板倉さんは、どうしてくっついているんですか?」
「そーですよ。見たところ、迷子ではなさそうですしっ」
迷子が見た目で分かるかどうかは不明だ。
「理由ですか? そんなの簡単です。私はゆたちゃんに夢中なのです!」
はっきり言われる。今の挟まれている状況を忘れるくらい恥ずかしい。設定したのは俺自身なんだけど……。
「だからって、人前で抱きつくなんて破廉恥じゃないですか」
「そーですよ。私だって腕に抱きつくのが精一杯なのですから」
「本当に夢中なら、なりふり構わずに抱きつくものですよ」
そこまで俺に夢中とは! 愛菜がこのゲームの攻略対象じゃないのが残念でならない。
「本当に……夢中なら……」
と、万里子の呟く声が聞こえる。
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