1番側!
校門前に残された俺たち。百合亜はまだ俺にしがみついている。万里子はというと、何故か俺の背中に張り付いている。千里子が『1番側に』と言ったのがいけない。
受付に並びながらくすくす笑う程度の女子はまだマシ。汚いものを見る目で俺を見る女子の方が多い。俺は、初日から多くの女子に嫌われている。
「ところで、どうしてあなたたちはくっついているのですか?」
万里子のツッコミは有難いが、もう少し早くほしかった。俺より先に百合亜が応える。
「はいっ、理由は簡単です。迷子にならないためです」
「迷子に? ならないでしょう」
万里子は百合亜を信じていないようだ。
「なりますよ、ええ。なりますとも。私は方向音痴なのですから。えっへん!」
百合亜よ、それは誇っていいことではないぞ。
「方向音痴にしても、入学式が行われる体育館は目と鼻の先ですよ」
よしっ、ここは百合亜には悪いが、万里子に加勢だ。百合亜が俺の右腕をがっしり掴んだままだと、友達ができない。このゲームをクリアするうえでの障害になりかねない。声が上擦らないように細心の注意を払って言う。
「そうだよ。待つように言われたのは俺だけだし、先に行きなよ」
「たしかに……ここまで来ればもう安心でしょうか?」
「そうですよ。先にお行きなさいな」
こうして、俺の右腕は久し振りに新しい空気に触れた。
百合亜が先に行って間もなく、俺は後悔していた。状況が変わっていない。悪いのは全部、万里子だ。俺の背中に張り付いたまま、まだ離れようとしない。姉譲り、いや、カタログスペックは姉をも上回る胸の大きさは伊達じゃない。
万里子1人でも充分に俺は幸せと感じてしまう。いけない、俺はまりっぺ一筋なんだ!
いたたまれず、万里子にはなしかける。
「あのぅ……もう少し、離れてくれませんかっ!」
離れてと言ったのがいけないのか、万里子が俺に体重をかける。おかげで最後の『かっ』が上擦ってしまった。
「それはできません。姉上の命令ですから」
「命令は『1番側に』です。今なら多少は離れてもよろしいじゃないですか」
つい、敬語になってしまう。
「わっ、私は慎重な性格なのです。あなたは油断できませんし!」
「どうして? 逃げたりしませんよ!」
俺にだって、千里子からお守りをゲットするという目的がある。それをどう説明するかが分からず、何も言えないだけ。逃げはしない。
「本当ですか?」
「もちのろん!」
やっとタメ語が使えた。
「本当に?」
「信じないで傷付くより、信じて泣く方がいいっていうでしょう!」
「……分かりましたわ。ただし、何かしたら5倍にして返して差し上げますわ」
それは恐ろしいが、兎に角、俺の背中は解放された。
その直後。ふぅーっとため息をつく暇もなく聞き覚えのある女子の声を聞く。
「あっ、あれれっ。ゆたちゃん、だよねーっ!」
「はいっ、太田豊です」
反射的にそう言って振り返るが、既にその姿を目視することはできない。存在はたしかで、頬が触れていて、ガッツリとシャンプーの香りが楽しめる。胸に感じる女子の胸のボリュームは、制服の厚みをもろともしない。自然と細い腰から背中に手がまわる。バランスを取るためにそっと抱き寄せる。
俺の記憶が正しければ、声の主は幼馴染の板倉愛菜。チュートリアルガール。あろうことか、俺に抱きついている。そういえばこいつ、俺に夢中なんだった。受付前からの視線はもちろん痛いが、それ以上にメラメラと熱い視線を感じる。まっ、万里子だ! 万里子が俺を睨みつけている! それも束の間……。
レーザービームのような視線を感じなくなるのと同時に、背中に別の刺激。万里子が俺の背中へ抱きついてきたのだ。俺は、挟まれている。身体の前後と、左右の頬が! 万里子の行動原理からすればしかたないことだが、いろいろとヤバい……。
「あなた、一体、何者ですか? 急に抱きついたりして!」
万里子に言われてハッとなったのか、凹凸のある愛菜が離れる。そして、俺の肩に乗っかっているお人形さんのように整った顔に目を向ける。
「きっ、きれいな人! でもどうしてゆたちゃんに抱きついてるの?」
「それは、あなたが抱きついたからです!」
万里子の言っていることは正しいと、俺には理解できる。でも愛菜には全く理解できていないようだ。
「わけ分かんないよ。あれれっ、もしかして2人は……恋人?」
「ち・が・い・ま・す。あり得ません! 赤の他人です」
おそらくは万里子の本心だろう。1番側にいるようにと千里子に命じられているだけだし。でも面と向かって言われるとさすがに傷つく。万里子だって俺の攻略対象の1人なのに変わりはないんだ。
「なんだ、よかった。でも東京って、赤の他人に抱きついたりするの?」
「そう言うあなたが先に抱きついたんでしょう! 信じられないのはこっちよ」
全部、万里子が正しい。俺には何も言えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます