千里子の尋ね人
福太郎に指名された俺は戸惑っていた。
「……初日に登校デートする者が福男。そのうち最も早く来たのが福太郎」
千里子よ、説明ありがとう。登校デートが条件なんて知らなかった。方向音痴の2人に感謝だ。これでお守りがゲットできる。
「私の名前は新井千里子。新しい井戸に、千里の子だ」
千里子もカードになっているからよく知っている。だがこのプレーでの千里子は脇役だ。デッキにセットしているのは妹の万里子。千里子は生徒会長でもあり同級生の姉というポジション。
千里子自身が同級生という世界線も用意されていて、攻略サイトによると難易度0のいわゆるビッチ。初心者向けだ。でも1度は落としたい。だって千里子はバスト88と百合亜を凌ぐ。
それに、千里子に近付くことは妹の万里子に近付くことにもなる。万里子は有馬景子同様に難攻不落で難易度マックス。誰だか不明だが恋のお相手がいるらしいが、バスト89と姉以上のカタログスペックに攻略せずにはいられない。そう、俺のモチベーションは胸の大きさに比例する!
千里子が自己紹介イベを続ける。
「生徒会長として、活気に溢れる平和な学園のためにこの身を捧げるものだ」
「おっ、太田豊です。普通の高校1年生です」
最後はまた声が高くなった。2人が警戒しているのが伝わってくる。
「生駒百合亜、同じく1年生でございます!」
「同じく……有馬景子」
有馬景子の短い自己紹介のあと、ずっと俺を見ていた千里子が急に笑い出す。
「わっはっはーっ! まさか、尋人が同時に見つかるとは、私は運がいい」
刺激が強くなる。今、声を上げたらウィーンにまで届くだろう。そんな声でまりっぺとハモれたら、それはきっと楽しいだろうなぁ! 刺激の主は、左腕の有馬景子。警戒を一層強めているのが分かる。
「私はひっそりと地味に学園生活を送りたいのですが」
意外にもキッパリと言う有馬景子。それでも千里子は全く意に介さない。
「そうはいかないよ。君を理事長室に連れて行く。そういう命令だからね」
千里子の目付きが鋭くなる。理事長室? 連れて行く? 命令? 有馬景子の身に、一体、何が起こるのだろうか。そもそも有馬景子は何者?
「…………」
「安心したまえ。私は君が何者かという詮索はしないことにしている」
有馬景子の正体について、生徒会長の新井千里子でさえ踏み込まないでいる。いや、踏み込めないと言った方がいいのかもしれない。ブラックカードの件といい、有馬景子は相当なセレブということか。
「……分かりました。ついて行きます」
有馬景子が折れる。見た目は極円満に2人で理事長室に行くことになった。だけど本当にそれでいいのだろうかとぼんやりとそう思ったとき、俺は自分でも信じられないことを口走っていた。有馬景子がそれを遮る。
「ちょっと待ってよ。有馬景子は本当にそれでいい……」
「……いいも何もそんなの理事長室に行ってから判断……」
拒絶とも取れる有馬景子の一言に、俺は一瞬怯んでしまう。だけど勇気を振り絞って、遮られた言葉の続きを、今度は俺が有馬景子を遮って言う。
「……でもそれじゃあ取り返しのつかないことになるかもしれないだろ……」
有馬景子がひっそりと学園生活を送りたいならそうさせてあげたい。今、有馬景子が理事長室に行ったら、それが叶わない気がした。そんな何の根拠もない思いは、有馬景子の再度の拒絶によって打ち砕かれる。
「……だからってあなたに関わられるのは迷惑よ!」
たしかに有馬景子の言う通りだ。俺が首を突っ込んでもしょうがない。
思えば、ここはゲーム世界。安心感が俺を突き動かしたのは事実。たとえ誰かに嫌われたとしても、ゲームが終了すればリセットされる。後々まで人間関係を引き摺るようなことはない。
ゲームでなければ言わなかったとすれば、俺はつくづく卑怯な人間だと思う。そうやって俺は無理矢理に自分を責め、引くことを納得させた。
このあと俺がどうなったかというと、先ずは……「おーい、万里子ーっ!」と、お茶でも所望するように千里子に呼ばれた万里子の自己紹介イベに突入。新井姉妹が並ぶと、世の中は華やぎ、平和になるといわれるのも納得だ。
「新井万里子。新しい井戸に万里の子。何れは学園の長に君臨せし者!」
「太田豊」
俺の声が低いのは、迫力負けでも腕への刺激がなくなったからでもない。万里子の自己紹介のあまりの中2っぷりに、ドン引きしたまでだ。もちろん俺だけではなく、百合亜も有馬景子もだ。ただし千里子は至ってマイペース。慣れっこのようだ。
「すまぬが席を外す。その間、福太郎様の1番側にいてくれ」
「わっ、分かりましたわ、お姉様! ですが、この男が本当に……」
目を輝かせて姉に向かってはなす妹を、姉が一言で遮ったあと、甘く続ける。
「……万里子! お前にしかできないことだ。よろしく頼むぞ」
姉に憧れながらも、ろくに相手にされない妹の万里子。万里子の恋のお相手って、ひょっとすると千里子なのか?
「もちろんでございます」
万里子は有馬景子を連れて理事長室に向かう千里子の背中に向けて言った。
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