朝、正門前①
登校デート
俺が有馬景子と百合亜のあとを歩くようになって最初の別れ道。右折すれば学校への近道、直進すれば遠まわりとなる。そこを2人は真っ直ぐに進んだ。背後から見ていた俺は、2人に声をかける。
「おい、そっちは遠まわりだぞ。水学はこっちだ!」
「そっ、そうですか。知っておりますとも、はい!」
「やだわ、生駒さんったら、おっちゃめーっ!」
誤魔化し切れていないのは2人も一緒だ。こいつら、絶対に方向音痴だ。そのあとも2人は、行き止まりに突っ込もうとしたり、いかがわしい店が並ぶ道を通ろうとしたり、他の学校に入ろうとした。
よく考えれば有馬景子からは道を尋ねられたわけだし、百合亜は天然。2人に前を任せていたのでは、いつまで経っても学校に着きそうにない。これは、俺が出張るしかないのか。
早く着きたいのもあるが、2人を見ていると心配になる。呆れるのはとうに通り越している。
「2人とも強がらないで、俺の背後を歩いたらどうだ?」
「そんなことはできませんよ、そんなことは!」
「そうよ。邪な人間の後手にまわるなんて、御免だわ!」
あくまで俺のことを避けたいというわけか。2人とも、心を閉ざしている。こうなったら手がつけられない。このゲーム、楽勝かと思ったが侮りがたい。俺はどこで間違えたんだろう。次のプレーまでに対策を練らないといけない。
そう思っていると急に流れが変わる。発端は有馬景子の発言『邪』だ。百合亜は右斜め上を見ながら『邪、邪……』と繰り返す。
「邪、邪、よこしま……よこ! そうですよ。その手がありますよ!」
百合亜は言いながら俺の右に来る。そして俺に有無を言わさず俺の腕を掴む。
「うほっ!」
思わずゴリラと化してしまう。ただし、顔色はサル同然の真っ赤だろう。女子の身体のやわらかさに感動さえする。あるいは理性が吹っ飛ぶ。これが女体! 百合亜はたしかバスト87でEカップ。すさまじい破壊力だ! フルダイブの恋愛アドベンチャーならではの体験だ。
「さささ、有馬さんもご一緒に!」
「どっ、どういうこと?」
それは俺も聞きたい。なんのご褒美かが分かれば、再現性が増す。
「前がダメ、後もダメ。だったら横じゃないですかーっ!」
「いっ、意味不明だ……」「いっ、意味不明だ……」
俺も、おそらく有馬景子も、百合亜が天然だってことを思い出す。
「それに有馬さん、あなたにはこうして協力する義務があるのですよ」
「ぎっ、義務……だって?」「ぎっ、義務……だって?」
「はい。福男に配られるお守りは売店で2千円出せば買えるのですから!」
「にっ、2千円。蕎麦代と同じ……」「にっ、2千円。蕎麦代と同じ……」
百合亜の説得に、折れるはずのない有馬景子が折れる。有馬景子はブツブツ言いながら俺の左側に接近し、腕を掴む。
「そっ……蕎麦代なら、しかたないわね……今日だけだから。えいっ!」
「うっほっほーっ!」
百合亜のときよりも高い声をあげてしまう。顔が熱い! どうやら俺の声の高さと顔の赤さは、腕に感じるやわらかさに比例するらしい。有馬景子、地味だがそのボディーだけは侮れない。
それにしても歩き辛い。このままでは福男に間に合わない……。
「いっ、急ぎたいんだけど、離れてくれる」
「そうはいきませんよ。自分だけ学校にたどり着こうなど、許しません!」
「なっ、なによ。人が折角、思い切ってこうしているのに。えいっ!」
さらに1オクターブ高い声になってしまった。
時刻は8時10分過ぎ。ゆっくり歩いて学校への最後の坂道を登る。途中で急ぎ足の男子に抜かれるが、もどかしくも応戦することができない。もし急いでしまったら、両腕にやわらかーい刺激を受けて声が上擦ってしまう。
登校初日に嬌声をあげるだなんて、恥ずかしくってできない。今はじっと我慢。本当は生徒会長から直々にお守りをゲットしたかったけど、しかたない。
1番乗りには程遠いが、校門を潜る。だが、その人はいた。新井千里子、生徒会長だ。ゲームの説明にある『全国美少女生徒会長ランキング』1位は伊達じゃない。お人形さんのような顔立ちで俺の前に進み出て俺たち3人の行手を阻む。
右手親指と人差し指で顎を挟み「うーん」と唸りながら俺をじっと見つめる。鼓動が速まる。千里子の凛々しさというか、強い意志が伝わってくる。その迫力に気圧された百合亜と有馬景子が俺の腕を強く抱く。
「なっ、なんでしょうか」
甲高い声でそう言うのが、俺にも精一杯だ。千里子は眉ひとつ動かさずに少し前屈みになり、俺の顔を下から覗き込む。そして、1度瞳を閉じてから優しく開いて言った。
「信じられない。この男が福太郎様だなんて……」
まるで、珍しいものを見ているようだ。俺が福太郎? 何人か青ネクタイの男子を見かけたが、気のせいだろうか。坂道で抜かれた男子の数からしても、福七郎にだってなれないだろうに。順番の他に俺の知らない条件があるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます