ブラックカード持ち
8時のイベントを踏むために急ぐ俺。まずは会計だ! 有馬景子が財布から取り出したのはクレジットカードだった。無造作に俺にそれを渡す有馬景子。だが俺は知っている。それは『小池まりあファンクラブ』会員用のデザインクレカだ。しかも水色・銅・銀・金・白金・黒の6段階の最上位、ブラックカードだ。
やっ、やるなぁ。俺だってまだ銀、たっちゃんだって白金なのに。ブラックは重課金組の象徴。こいつ、それほどまでにまりっぺを! まぁ、真逆の存在であるまりっぺに強い憧れを抱く気持ちは分からなくもない。
「有馬……景子……」
「なによ、藪から棒に。急に呼ばれたら驚くじゃない!」
有馬景子がおどろおどろしい顔になる。
「すまん。つい読んでしまったんだ。このブラックカードに書いてあるのを」
「なーんだ。そんなところに書いてあるんだ!」
有馬景子は一転して爽やかな笑みを浮かべる。ゲームならではだ。
「それよりブラックって、相当入れ込んでるようだな」
「すす、好きなのよ……」
と、今度は恥ずかしげだ。
続く言葉は『小池まりあ様が!』と予想。
「……黒が……」
はぁ? 黒、だと! 有馬景子は、今度は申し訳なさそうではある。当たり前だ。ブラックカードを持っている理由が黒好きって、なかなかない。けど、有馬景子は長めの黒髪をおさげに結って、黒縁メガネをかけている。持ち物も黒が多い。攻略サイトにもあった。黒好きは頷ける。
それに、好きなものに情熱を注ぐ気持ちは俺にだってよく分かる。
「そっか。たしかにお似合いだな、ブラックが!」
「どういう意味よ!」
有馬景子は、最後にはぶーたれる。声や表情の多彩さは、まるで女優のようだった。全体としては地味で存在感が薄いのに、要所を締めてくる感じだ。
俺は有馬景子から受け取ったクレカをそのまま百合亜に差し出す。だが、百合亜はカードを受け取ってくれない。
「生憎ですが、うちの店はニコニコ現金払いです」
でしょうね。有馬に蕎麦代2000円を請求するが、断られる。
「現金なんか、持たされていないわ」
そうですか。と、いうことで、ここは俺が持つことになった。なけなしの現金3000円、100円玉30枚が一瞬で飛んでいった。
「おっと、こうしちゃいられない! 急がないと」
俺が急ぐ理由は、このゲームに用意された8時のイベントにある。攻略サイトによると、水学には密かに語り継がれていることがある。『福男伝説』だ。
入学式の日に早く登校した男は『福男』とされ、生徒会からお守りを授かる。ゲーム上、持っているだけでイベント発生率が2倍になる優れものだ。
売店で課金すれば手に入るが、俺はどうしてもイベントで手入したい。そもそも、今や俺の手元に現金はない。有馬景子の蕎麦代につゆと消えた。
百合亜が突っ込んでくる。
「おやぁ? そんなに急ぐなんて、何か理由があるのですか?」
まさか、イベントを発生させるためとはいえない。ここは誤魔化すの一択。
「どうするもなにも、入学式に遅刻したら悪目立ちするだろう」
「それはイヤね。私は目立ちたくないわ。地味に過ごしたいのよ」
ブラックカード持ちは普通に目立つが、そんなことは有馬景子には関係ない。純粋に黒が好きなだけ。その気持ちを尊重するべきだ。有馬景子よ地味に過ごせよ。うん、うん。2度と俺には関わらないでほしい。
百合亜はマイペース。
「そーですか。私はてっきり福男狙いのクソ野郎かと思ってしまいました」
なっ、なぜ、それを知っている? 密かに語り継がれているはずの福男伝説を百合亜が知っているのも驚きだし、終始丁寧な言いまわしだった百合亜が『クソ』って言ったのも驚きだ!
「なにかしら、福男って?」
有馬景子の問いに百合亜が答える。ゲームの説明にあるままの正確な情報だ。お守りがここの神社でお祓いされたものということだけ付け加えられている。なるほど。道理で百合亜が福男伝説を知っているわけだ。
「ここの神社の恋愛成就率は非常に高いですからね」
だったら、まりっぺの視線・まりっぺとハモり・まりっぺとの出会いも! 改めてそう願う。よろしくお願いいたします。じゃなくって、いつもありがとうございます!
有馬景子がきつい視線を俺に刺す。まりっぺじゃないのに俺を見んなーっ! 俺は2千円のお守りを無料ゲットしようという企みを誤魔化し切ってみせる。簡単なことだ。演じればいい。何も知らない太田豊を!
「へっ、へーっ。そんな伝説があるんだ。いーなー、福男!」
「往生際が悪いですよ、太田くん。はっきりとその顔に書いてありますよ」
どっ、どこどこ? と、俺はまんまと乗せられ、顔中を触り倒す。結局、俺が福男を狙っていることがバレて、2人から距離を置かれる。
「そういう輩とは、同じ空気を吸いたくありませんね、有馬さん」
「そうね、生駒さん。エロいヤツなんか放っておきましょう」
そう言って歩き出す2人のうしろ姿を、俺はしばらくは無言で見て歩いた。
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