ハモりのお相手
と、そのとき。今度こそ百合亜が登場。狙い通りの巫女装束姿。そういえば、百合亜は天然キャラでもある。早速、素っ頓狂なことを吐かす。その声は、とってもハスキーで俺の好み。
「おやーっ。これはこれは、熱々カップルではないですか」
どうして、俺と有馬景子が熱々なんだ。カップルでもないのにし。
「違います。そんなんじゃありません」「違います。そんなんじゃありません」
うぐっ。今度はツッコミの声で有馬景子とハモってしまう。さすがに恥ずかしい。まりっぺとハモりたいのに。
「お腹を空かせたお2人の食の足らんことをお祈りなさいませ!」
認めよう。腹ペコなのは認めよう。しかし、神頼みする段階ではない。
「祈りません。腹ペコですが……」「祈りません。腹ペコですが……」
どうなっているんだ? 何かのバグなんだろうか……俺たちの見事なハモりに、百合亜が顔を赤く染める。誤解があるようだ。
「では、お願いするのは恋の行末ですか?」
「ありえない。こんな腹ぺこキャラ!」「ありえない。こんな腹ぺこキャラ!」
なんなんだ、またハモってしまった。絶対バグだろ、これ。それに有馬景子め、自分のグゥー音はなかったことにして俺のはいじってくる。許せん。絶対に許せん。次のゲームではデッキから外す!
「なるほど、なるほど。そうきましたか……」
他に行くところはないんだが。百合亜は右斜め上を見ながら、唸っている。そのあと、俺が無理矢理に百合亜にはなしかけ、ようやくハモりが解消される。
「何か、御用ですか?」
「……あ、申し遅れました。私、生駒百合亜。生クリームの生に将棋の駒……」
この流れ、自己紹介イベだ。
「……神にこの身を捧げる高校1年生。よろしくお願いいたします」
「太田豊。同じく1年。よろしく、お手柔らかに」
百合亜の差し出す手を握ると、自己紹介イベは終了。
百合亜は有馬景子に向き直り、俺にしたのと同じように手を差し出す。一瞬、訝しむような顔をしたあと、おかしなことを言う。
「おやおや。あなたには大ーきな秘密があるようですね」
「……秘密だなんて……そんなものは……」
言い淀む有馬景子。本当に秘密があるんだろうか。まぁ、あったとしても大したことじゃないだろうし、興味はない。俺が有馬景子のことを気にする必要はない。放っておけばいい。次のゲームからは補欠なんだから。
百合亜もマイペース。
「分かりますよーっ、この私には! あなたはズバリ……1年生です!」
「いっ、一年生……」「いっ、一年生……」
ハモりが芸と化してきた。
学年の識別は難しいことではない。男子のネクタイと女子のリボンの色だ。青が1年、赤が2年、緑が3年。俺でも知っている。秘密にすることでもない。有馬景子が白々しく『おぉ、おみそれいたしましたーっ』などと言う。さらに手を叩いてはやしたてるものだから、百合亜の鼻がどんどん高くなる。
「はっはっはーっ。いいのですよ、秘密は秘密のままで!」
と、高笑いだった。
俺も有馬景子もハモりたくない気持ちは同じ。だが、どうしても抗えないことがある。空腹だ! 俺たち2人のお腹がハモり芸を披露する。
「そうそう、忘れてました。朝食がまだなら、お蕎麦でも食べませんか」
「きつねとたぬき! 2杯ください」「きつねとたぬき! 2杯ください」
吐いて出た言葉が偶然一緒で、そのタイミングも偶然一緒だった。つまり、またしてもハモったわけだが……その意味はちょっと違った。
俺は俺用と有馬景子用に1杯ずつの計2杯。お腹でハモった好で有馬景子にご馳走しようというわけだ。有馬景子がどっちを選んでも、余った方を食べればいいと思った。独りだけ食べるのに気が引けたのもある。それで2杯だ。
対する有馬景子は俺のことなんか考えていなかった。あくまで自分用。しかもきつね2杯とたぬき2杯の計4杯を注文していたのだった。こいつ、本当に腹ペコキャラなのか? 攻略サイトには情報がほとんどなかったから分からない。
百合亜の案内で蕎麦屋に移動。ここが百合亜の実家だという。ちょうど手伝いの時間が切れ、百合亜が制服に着替えに行く。その間に店主、つまり百合亜のお父さんが蕎麦を作り、運んできた。目の前に置かれる6杯の蕎麦。1つが俺のであとは有馬景子の。
俺は猫舌なんだけど、立ち昇る湯気を楽しみながらゆっくり食べる。有馬景子は決して急いで食べている感じではないが、その速度は俺の5倍以上。それでいてズズズズと蕎麦を啜る音は控えめで、ある意味では上品。その目的は何なのかひたすらにカロリー摂取の効率が追求されたスタイルだ。
俺たちが食べ終わったのが同時で、百合亜が着替えて戻ったのも同時だった。リアルモードとはいえ、ゲームだけあって時間に無駄がない。時刻は7時20分を少しまわったところ。いかん、急がないと! 入学式の受付は8時から。その時刻に、どうしても踏んでおきたいイベントがある。
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